【女4】誇り高き我が姫君へ

女4／時間目安 40分

【題名】

誇り高き我が姫君へ

（ほこりたかき わがひめぎみへ）

【登場人物】

シエラ：テティス王国の姫

              (６年後)フラカン帝国の皇后

リリアナ：シエラの護衛騎士

              　(６年後)レティシアの護衛騎士

レティシア：テティス王国の姫・シエラの妹

アデル：フラカン帝国騎士・シエラの護衛

語り：レティシアと兼役

（以下をコピーしてお使い下さい）

『誇り高き我が姫君へ』作者：なる

https://nalnovelscript.amebaownd.com/posts/40895370

シエラ：

リリアナ：

レティシア＆語り：

アデル：

－－－－－－－－ ✽ －－－－－－－－

【シエラの部屋】

001 シエラ：（部屋に控えている侍女に向けて）ねぇお願い、リリアナを呼んできてくれる？

002 シエラM：私は明日、この国の姫ではなくなる。大好きな父も母も、まだ幼い可愛い妹も、……最愛の人すら置いて……。

003 リリアナ：姫様、リリアナです。お待たせして申し訳ありません。

004 シエラ：（リリアナに向けて）待っていたわ。入って頂戴。

　　　　　　（侍女達に向けて）貴女達はもう下がって大丈夫よ。何かあればリリアナに頼むから。……今までありがとうね。 

＜侍女達がシエラの部屋から退室する＞

005 リリアナ：姫様。

006 シエラ：……。

007 リリアナ：姫様？あの……。

008 シエラ：名前……昔みたいにシエラって呼んでちょうだい。

009 リリアナ：でも、しかし……。

010 シエラ：……お願い……今だけでいいから。貴女がこの部屋を出るまででいい。名前を呼んで……？

011 リリアナ：……シエラお嬢様。どうかなさったんですか？

012 シエラ：……敬語もなし。

013 リリアナ：さすがにそれは……。

014 シエラ：ここには私と貴女しかいないわ。私がいいって言ってるんだから……。

015 リリアナ：（被せるように）それは、命令ですか？

016 シエラ：そんな意地悪なこと言うのね……ええ、命令よ。貴女がこの部屋にいる間は私のことをシエラと呼び、敬語を外して話しなさい。

017 リリアナ：……ふふ、シエラの仰せのままに。

018 シエラ：リリアナ、そんなところに立っていないでこっちにいらっしゃい。

019 リリアナ：じゃあ……。

＜リリアナがソファに座る＞

020 リリアナ：シエラ、いらっしゃいな。

021 シエラ：まったく……リリアナったら。こんな姿誰かに見られたらどうするのよ。

022 リリアナ：いいじゃないの。シエラはいつまでも私の可愛い妹よ。……このまま連れ去ってしまいたい。

023 シエラ：そんな事したらリリアナはこの国のお尋ね者よ？最年少で王女の護衛についたのに、棒に振るおつもりで？……騎士様？

024 リリアナ：まったく……揶揄わないでちょうだい。

025 シエラ：ふふふ、だって面白いんだもの。

026 リリアナ：シエラの笑った顔が見れるならそれもいいわね。……震え、治まったみたいでよかった。

027 シエラ：気づいてたの？

028 リリアナ：私が気づかないとでも？

029 シエラ：もう……なんでそういうのはすぐに気づいちゃうの？

030 リリアナ：いつからシエラのこと見てると思ってるの？

031 シエラ：……ずっと一緒だったのに……。

032 リリアナ：寂しい？

033 シエラ：っ……当たり前じゃない！……明日から周りの侍女も、執事もみんな知らない人になるわ。

034 リリアナ：大丈夫、最初はみんな初めまして。シエラならきっと仲良くなれる。

035 シエラ：それに、フラカン帝国の人達は私を受け入れてくれるかしら？他国の姫なんてやっぱり受け入れるの難しくないかしら？

036 リリアナ：大丈夫。シエラの魅力を１番知っている私が言うんだから、絶対大丈夫。この国の人を愛したように、フラカン帝国の人も愛してあげて、ね。

037 シエラ：……うん。

038 リリアナ：……シエラ？

039 シエラ：な、なに？

040 リリアナ：他は？まだあるんでしょう？思っている事。

041 シエラ：……大好きなお父様もお母様もレティシアもみんなに会えなくなってしまう……でもそれは分かった上で結婚を受け入れた……でも……やっぱり寂しい。

042 リリアナ：シエラ……。

043 シエラ：リリアナお姉様にも会えなくなってしまうなんて……そんなの耐えられない。毎日護衛の者がそばに居る生活なのに、それなのに、その護衛はお姉様じゃない……毎日お姉様に挨拶をして一日が始まって、レティシアと遊んで、侍女達とお茶会をして、そんな日々が当たり前だったのに……なのに……！

＜シエラの言葉を遮るようにリリアナが話始める。＞

044 リリアナ：シエラ……！もういい、もういいよ。分かったから……。

045 シエラ：私……私にはみんながいない生活なんて……っ……。

046 リリアナ：ねぇ、シエラ。こっち向いて？

＜リリアナがシエラに箱を渡す＞

047 シエラ：これは？

048 リリアナ：ふふ、開けてみて？

＜シエラが箱を開ける＞

049 シエラ：……わぁ！綺麗……でも、これどうしたの？

050 リリアナ：この国には、これから遠くに行ってしまう人に花冠を送る風習があるの。この国は花で溢れている国だから……まぁ、あまり貴族には知られていないんだけれどね。

051 シエラ：じゃあこれ……。

052 リリアナ：うん、これは使用人全員から、愛する姫への贈り物。

053 シエラ：……っ……みんな……。

054 リリアナ：そして、真ん中のアクセサリーは私から、シエラに。

055 シエラ：……この石は……ムーンストーンね？

056 リリアナ：さすが、お見通しね……シエラが貰ってきたものに比べれば質素だけど……。

057 シエラ：（被せて）そんな事ないわ。今まで頂いた宝石の中で１番綺麗……ありがとう。

058 リリアナ：いいえ、どういたしまして。

059 シエラ：これ……お守りにするわ。

060 リリアナ：うん。……ねぇ、シエラ？貴女は人から好かれる素質を沢山持っている。それは両陛下から受け継いだものであり、シエラが今まで培ってきたものでもある。だから、何も心配しなくていい。テティス王国の姫としてではなく、シエラとして、フラカン帝国でも皆を愛してあげて欲しい。きっとその愛に助けられる人は大勢いるから。……それに、辛くなったら帰ってくればいいわ。みんないつでも大歓迎よ。

061 シエラ：……うん……うん……。

062 リリアナ：そんなに気を張らなくても大丈夫。ほら、いつも言ってくれるじゃない。そういう時こそリラックス、でしょ？

063 シエラ：うん。……ねぇ、最後のお願い。落ち着くおまじない、して？

064 リリアナ：仕方ないわね。（リリアナがシエラにハグをする）……シエラはきっと大丈夫よ。

065 シエラ：リリアナお姉様の腕の中が恋しくなるわ。……ありがとう。これで私も頑張れそうだわ。……さ、明日も早いし、私は寝るわね！夜更かしはお肌の敵なんだから！

066 リリアナ：シエラ……。

067 シエラ：……リリアナ、もう下がっていいわ。おやすみなさい。

068 リリアナ：はい、姫様。おやすみなさいませ。……失礼します。

＜リリアナが部屋を出る＞

069 シエラ：……リリアナお姉様……。

◇

【シエラの部屋】

070 シエラＮ：私がフラカン帝国に嫁いでから1年ほど経ったある日、リリアナから一通の手紙が届いた。

＜手紙を開く＞

071 リリアナ：姫様、お久しぶりです。姫様が帝国へ嫁いでからもうすぐ１年になりますが、いかがお過ごしですか？

　　　　　　　 我々騎士団は変わらず皆日々鍛錬に励んでいます。 すでにご存知かもしれませんが、姫様の護衛を離れた後、私は妹君の護衛についています。妹君は姫様と違っておてんばで、毎日護衛２人がかりで鬼ごっこやかくれんぼをしています。王宮の庭園や姫様のお部屋で読書をしたり、お茶会を開いたりして、静かに過ごしていた日々が懐かしいです。

　　　　　　　 最近、妹君は読み書きが少しずつできるようになってきて、私に読み聞かせてくれるようになりました。毎晩寝る前に読み聞かせをするのがお気に入りみたいです。『お姉様のように沢山本を読んで賢くなるんだ』とよく話していますよ。あと、姫様がずっと王に掛け合っていた庭園のことですが、新しい庭師が入り、素晴らしい庭園に生まれ変わりました。花も草木も増え、見違えるほど美しくなったと侍女達が嬉しそうに話していましたよ。侍女長も生まれ変わった庭園で姫様とお茶会がしたいと呟いていました。姫様とお茶をするのが我々の楽しみでしたから。皆、口には出さないものの、姫様がいない寂しさを感じているようです。

　　　　　　　 最近はしっかり寝れていますか？貴女は強がりで、すぐ我慢をするし、大丈夫が口癖だから…離れた今も私の心配は絶えません。どうか無理はしないで。私の心配事を増やさないで下さいね。最後になりますが、本のしおりを作ったので同封しておきます。昔、姫様に教えて頂いた作り方の通りに作りました。せっかくなので庭園に新しく咲いたピンク色のイキシアの花を押し花にしてしおりを作りました。気に入っていただけたら嬉しいです。

　　　　　　　 誇り高き我が姫君へ。

　　　　　　　 貴女の幸せを願っています。

◇

【6年後・移動中】

072 アデル：皇后様、間もなくテティス王国に到着致します。お身体大丈夫ですか？

073 シエラ：ええ、大丈夫よ。

074 語り：シエラがフラカン帝国に嫁いでから６年が経っていた。当時、第一皇子だったレオンに妻はおらず、シエラが結婚と同時に正妻となった。６年経った今でも側室はおらず、宰相達は『世継ぎはまだか』と口煩くシエラに言い続けていた。６年間保留にされ続けた『王国に帰りたい』というシエラの願いがやっと叶った理由もそこにある。……いわゆる、里帰り出産、というやつだ。

◇

【テティス王国・王城前】

075 アデル：皇后様、お城に着きましたよ。

076 シエラ：ふふ、ありがとう。

077 レティシア：お姉様！

078 シエラ：レティシア！久しぶりね……こんなに大きくなって……。

079 レティシア：えへへ……あの、お姉様、その……。

080 リリアナ：姫様、まずは皆様を中にお通ししませんか？

081 レティシア：あっ、そうだった……お姉様、中へどうぞ！

082 リリアナ：姫様、練習したあれ、言わなくていいんですか？

083 レティシア：あっ！……（深呼吸）……フラカン帝国の皆様、ようこそテティス王国へ。歓迎致しますわ。どうぞゆっくりして行ってくださいね！

084 シエラ：あらまぁ……レティシアよく出来ました。じゃあ私もお返事しないとね……テティス王国の皆様、この度は長期滞在を認めて下さり心から感謝致します。……戻ってこれて嬉しいわ。これからよろしくお願いしますね。

085 レティシア：さ、お姉様、まずはお部屋に参りましょう！お姉様のお部屋、前と変わらず残してありますから！

086 シエラ：あら、そうなの？楽しみね。

087 リリアナ：皇后様、お帰りなさいませ。

088 シエラ：……えぇ……ただいま。

089 リリアナ：お荷物はどちらに？

090 アデル：あぁ、荷物は我々が運ぶのでお構いなく。案内をお願いしたい。

091 リリアナ：かしこまりました。挨拶が遅れて申し訳ない、テティス王国騎士団長のリリアナです。滞在中は私も皇后様の護衛に就きます。どうぞよろしく。

092 アデル：フラカン帝国第三騎士団副団長のアデルです。後程、護衛の打ち合わせをさせて頂きたい。よろしくお願いします、リリアナ嬢。

◇

【シエラの部屋】

093 レティシア：お姉様、お姉様！

094 シエラ：どうしたの？

095 レティシア：どうして今日は以前のようなドレスを着ていらっしゃらないのですか？

096 シエラ：レティシアが着ているようなドレスはお腹が苦しくて着れないのよ。……ねぇレティシア、どうしてお姉様にそんな畏まった口調で話すのかしら？お姉様寂しいわ。

097 レティシア：だ、だって、お父様に『お姉様はフラカン帝国の皇后様でもあるのだから言葉遣いはしっかりしなさい』って言われたから……。

098 シエラ：そう……普通に話してほしいわ。せっかく６年ぶりに帰ってきたんだもの。色んな話を聞かせてちょうだい？

099 レティシア：うん！後で読み聞かせしてあげるね！本読めるようになったんだよ。

＜レティシアに被せるようにアデルが話し始める＞

100 アデル：失礼します。皇后様、レティシア姫、お茶会の準備が出来たそうです。

101 シエラ：ありがとう。じゃあレティシア行きましょうか。

102 レティシア：うん！お庭綺麗になったんだよ。……まだお姉様見た事ないよね？

103 シエラ：えぇ、私が嫁いだ後、リリアナから届いたお手紙に書いてあったわ。ふふ、見るのが楽しみだわ。……あぁ、そう言えばマーサは？姿が見えないけど……。

104 レティシア：マーサさんもう辞めちゃったの。今はアンが侍女長になったよ。

105 シエラ：あら……残念。マーサと一緒にお茶会したかったのに。他のみんなは？見た事がない子も大勢いるみたいだけど……。

106 レティシア：えーっと、お姉様のお付きだった人なら、ライラさんとミーナさんはお嫁に行って、リリーは今お母さんの看病をしにお家に戻ってるよ。

107 シエラ：そう……みんな居なくなっちゃったのね。残念だわ。

108 レティシア：６年でお城にいる人もみんな変わっちゃったからお姉様が会ったことある人って言うとリリアナとか料理長くらいしか居ないかもしれないなぁ……さ、お庭ついたよ！

109 シエラ：まぁ！……凄く綺麗になったのね……綺麗だわ……。

110 アデル：こちらへどうぞ、皇后様。

111 シエラ：ありがとう。

112 リリアナ：姫様はこちらにどうぞ。

113 レティシア：（姉を真似るように）ありがとう。

114 シエラ：もう、レティシアったら。

115 レティシア：えへへ、真似しちゃった。

116 シエラ：……あら、どうしてみんなは座らないの？

117 アデル：皇后様、何を仰っているんです？我々は使用人です。

118 シエラ：リリアナ、ここにいる侍女と騎士の分の椅子を用意してちょうだい。

119 アデル：皇后様、我々は王族の方と席を並べることは許されておりません。

120 シエラ：リリアナ、用意して。

121 アデル：皇后様、我々には必要ありません。そうですよね？リリアナ嬢。

122 リリアナ：は、はい。我々は大丈夫ですから……。

123 シエラ：レティシア？私がいなくなってからもお茶会は続けていたの？

124 レティシア：うん。

125 シエラ：そこにみんなは？みんなも一緒だった？

126 レティシア：もちろん！お姉様がやっていたお茶会をずっと続けていたよ。

127 シエラ：……だそうよ？

128 アデル：貴女様は王族です。ましてや我らがフラカン帝国の皇后様でいらっしゃいます。ご自分の立場に自覚をお持ち下さい。

129 シエラ：アデル、ここはテティス王国……フラカン帝国ではありません。レティシア姫主催のお茶会に参加するのを楽しみに来たの。王族の習慣に文句を言うおつもりですか？

130 アデル：いえ、決してそんなつもりは。

131 シエラ：ならいいわね。リリアナ、用意をお願い出来るかしら。

132 リリアナ：いや、しかし皇后様……。

133 アデル：我々には必要ない……でしたよね？リリアナ嬢。

134 シエラ：これは命令です。リリアナ、用意をしなさい。そしてアデル、貴女は席を外しなさい。護衛はリリアナがいれば十分です。

135 アデル：……(大きめため息)……失礼します。

136 リリアナ：かしこまりました。すぐにご用意致します。

137 シエラ：空気が悪くなっちゃったわ、ごめんなさいね。ほら、貴女達もいらっしゃい。今日はテティスとかフラカンとか関係なく楽しみましょ？……ねぇ、この中でオススメのお菓子はどれなの？

138 語り：お茶会はシエラが場を収め、楽しい一時が流れた。シエラの計らいでフラカン帝国の侍女も交えたお茶会は彼女達にとっていい情報交換の場になったようだった。６年という月日は互いにとって長すぎて、昼頃始まったお茶会は日が落ちるまで続いた。

◇

【お茶会後・庭園から部屋に戻る】

139 シエラ：あら、レティシア寝ちゃったのね。

140 リリアナ：今日は皇后様がいらっしゃる前からとてもはしゃいでおいででしたから。お部屋までお連れしますね。

141 シエラ：ええ、お願い。この後は晩餐会だったわよね？

142 リリアナ：はい。準備が整い次第お呼びします。皇后様は如何なさいますか？

143 シエラ：少し部屋で休ませてもらうわ。レティシアを寝かせたら少し部屋まで来てくれるかしら。アデル、部屋に戻るわ。

144 アデル：はい、かしこまりました。

145 リリアナ：では後ほど。

＜リリアナがレティシアを寝かせに行く＞

146 アデル：皇后様、あの護衛とどういったご関係ですか？

147 シエラ：リリアナの事？

148 アデル：そうです。ただの護衛にしては距離が近すぎませんか？

149 シエラ：そうかしら？……リリアナは長く私の護衛を勤めていたから仕方ないんじゃない？

150 アデル：しかし！他国の平民と仲がいいなどと言われたら！

151 シエラ：アデル。私は誰？

152 アデル：フラカン帝国の皇后様です。

153 シエラ：そう。フラカン帝国の皇后。私の夫は皇帝レオン様よ。それに、リリアナは平民の出だけれど剣の腕は一流よ。まさか……平民だからと依怙贔屓しているとでも言いたいのかしら。

154 アデル：いえ……そういう訳では。

155 シエラ：それならいいわ。じゃあ私は休むから晩餐会の準備が整ったら呼んでちょうだい。貴女も交代して少し休んで、じゃ。

◇

156 リリアナ：失礼します、リリアナです。

157 シエラ：入って。

158 リリアナ：お久しぶりです。皇后様。

159 シエラ：シエラ、ね？……ふふ、元気にしてた？

160 リリアナ：えぇ、この通り。

161 シエラ：ノアは？元気にしてる？

162 リリアナ：あの子は今ウィリアムさんに弟子入りして立派な執事になるんだ〜って頑張ってるみたい。

163 シエラ：そうなのね！ウィリアムならきっと立派な執事に育ててくれるわよ。それに、ノアはお姉様と違って大人しくて真面目だし。

164 リリアナ：最後の一言は余計ね。……シエラも、変わりない？

165 シエラ：ええ、特には。……まぁお腹に1人いるっていうのは大きな変化だけれども。……撫でてみる？

166 リリアナ：いいの？

167 シエラ：もちろん。

168 リリアナ：じゃ、じゃあ失礼します……あ、蹴ったわ！

169 シエラ：ふふ、お姉様の事わかったのかしら？普段はあまり蹴らない子なんだけれど。

170 リリアナ：産まれるのが待ち遠しいわね。

171 シエラ：ええ、私も。

172 リリアナ：あれ、シエラ、そのネックレス……。

173 シエラ：……お姉様がくれたネックレスよ。妻になったのに旦那からの贈り物じゃなくて貴女からもらったネックレスをしているなんて、令嬢達に浮気を疑われても仕方ないわね。

174 リリアナ：え、それはさすがにまずいんじゃ……。

175 シエラ：いいのよ。これは、なんというか私の覚悟？の一部だから。

176 リリアナ：……覚悟？

177 シエラ：そう。全てを捨てて、フラカン帝国の皇后になる、っていう覚悟。

178 リリアナ：シエラ……。

179 シエラ：今でもその覚悟が鈍りそうになることがあるの。このままこの国に残ってしまおうか、とかこの子を連れてどこか遠い国で暮らそうか、とかね。

180 リリアナ：それは大問題になるわね。下手したら戦争ものよ。

181 シエラ：わかってるわ。さすがにしないわよ。

182 リリアナ：もしシエラが本気で困っているなら、いつでも助けに行くから。私はシエラのナイトですもの。

183 シエラ：それ……ふふ、昔の約束覚えていたの？

184 リリアナ：もちろん。私がシエラとした最初の約束だからね。

185 シエラ：全くもう……こんなに素敵な女性なのにどうして婚約者のひとりもいないのかしら？

186 リリアナ：私にそれを言われても……。

187 シエラ：お姉様？

188 リリアナ：は、はい？

＜シエラがリリアナにハグをする＞

189 シエラ：……ふふ。やっぱり、お姉様の腕の中は暖かいわね。

190 リリアナ：えーっと？シエラさん？

191 シエラ：あはは！シエラさんってなに？

192 リリアナ：え、いや、えーっと。

193 シエラ：お姉様がより素敵な女性になるおまじないよ。

194 リリアナ：旦那様に嫉妬でもされたらどうしてくれるんですかー？シエラさーん？

195 シエラ：……ふふ……その……シエラさんって辞めて……ふふ……。

196 リリアナ：笑いすぎよ、シエラ。

197 シエラ：だ、だってお姉様が面白すぎるんだもの……ふふ……。

198 リリアナ：まぁシエラが笑ってくれるならいいわ。……じゃあこれは私からのお返し。

＜リリアナがシエラにハグをする＞

199 リリアナ：これでお別れよ。……幸せになるのよ。

200 シエラ：……えぇ、ありがとう。お姉様もね。

201 リリアナ：では皇后様。私は晩餐会の準備に戻りますので。失礼します。……どうか、無理はなさらないで下さいね。

202 シエラ：わかってるわ。……ありがとう。

203 リリアナ：では。

＜リリアナがシエラの部屋を出る＞

204 アデル：リリアナ嬢。

205 リリアナ：あら、アデル嬢。どうかなさいましたか？

206 アデル：貴女と皇后様。どんなご関係で？

207 リリアナ：姫と元護衛……ですが？

208 アデル：先程聞きました。皇后様が今しているネックレス。あれはリリアナ嬢が送った物だとか。

209 リリアナ：さて、何のことでしょう？

210 アデル：とぼけないで頂きたい！貴女と皇后様が親しくしているなど……密告を疑われでもしたら両国間に亀裂を生みかねない……おわかりで？

211 リリアナ：その亀裂を貴女が作り出そうとしていることは分かりましたよ。シエラ様はフラカン帝国の皇后様です。自らの主に疑いをかけるなど騎士として言語道断では？

212 アデル：……くっ……貴女に言われたくない。失礼する。

213 語り：お茶会が終わった後、間もなくして晩餐会が開かれた。出席者は皆着飾り、主役であるシエラを今か今かと首を長くして待っていた。お茶会の後寝てしまったレティシアも侍女達に起こされ美しいドレスを着せられていた。

◇

【晩餐会会場】

214 リリアナ：姫様、皇后様いらっしゃいましたよ。起きてください。

215 レティシア：……まだ眠い……。

216 シエラ：レティシア？

217 レティシア：うん……。

218 シエラ：護衛の腕の中で寝ているこのお姫様はどこの誰かしら？

219 レティシア：……レティシア。

220 シエラ：もう……まぁいいわ。リリアナ申し訳ないけどもう少し寝かせてあげてちょうだい。

221 リリアナ：はい。仰せのままに。

222 シエラ：私も小さい頃貴女におぶられて寝ていたわね…懐かしいわ。

223 リリアナ：もう15年近く前の話ですよ。でも、なんだか懐かしい感じが私もします。

224 シエラ：姉妹共々世話になるわ。

225 リリアナ：姫様の事はお任せ下さい。

226 シエラ：……ええ、お願いね。

227 アデル：皇后様、こちらにもお願いします。

228 語り：フラカン帝国の皇后であるシエラを一目見ようとシエラに挨拶をするための列はどんどん長くなっていった。シエラが一通り挨拶を終えた頃には既に開始から２時間近くが経過していた。

229 アデル：皇后様、そろそろ一度お休みになられてはいかがですか？

230 シエラ：そうね、そうさせてもらうわ。

231 アデル：大丈夫ですか？私の腕をお使い下さい。

232 シエラ：ありがとう。少ししたらまた呼びに来てくれるかしら？

233 アデル：かしこまりました。

234 シエラ：貴女も交代して晩餐会を楽しんでらっしゃい。侍女達もいるし大丈夫よ。

235 アデル：お気遣い感謝します。……ではまた後ほど呼びに参ります。

◇

【晩餐会】

＜リリアナがアデルの元に＞

236 リリアナ：アデル嬢。

237 アデル：リリアナ嬢……先程は失礼致しました。

238 リリアナ：いえ、お気になさらず。……さて、アデル嬢は何をお抱えですか？

239 アデル：え？…いや、私は何も……。

240 リリアナ：貴女より騎士をやっている歴は長いんです。それなりに後輩もいます。これでも頼れる先輩って言われてるんですよ？

241 アデル：そうなのですね……。

242 リリアナ：だから、そのー、話してみませんか？案外第三者に言った方がスッキリするってものです。

243 アデル：……リリアナ嬢が思う『理想の騎士』ってなんですか？

244 リリアナ：理想の騎士……うーん、難しいですね。

245 アデル：時々分からなくなるんです。私はどうなりたいんだろう、って。……今、自国で縁談が持ち上がっているんです。その令息と結婚すれば私はこのまま騎士を続けられ、地位もある程度保証されます。……でも、私には心に決めた人がいるんです。彼を守りたくて騎士になったと言っても過言ではありません。

246 リリアナ：地位のために結婚するか否か、ということですか。……うーん、これは私個人の意見ですが、何事も『自分がどうしたいのか』が1番大事なのではないのかと思います。……今の話し方を聞いても、アデル嬢の心の中は決まっているように思えますが？

247 アデル：……その通りです。でも私には今の立場を失う勇気がないんです。

248 リリアナ：アデル嬢ほどの腕があれば多少の嫌がらせはあれど、周りのものを納得させるのも容易いでしょう。……結婚というのは女騎士にとって悲しい壁ですよね。

249 アデル：リリアナ嬢にもそういう経験が？

250 リリアナ：アデル嬢も知っているでしょう？……私に王族に近い階級があれば、せめてこの想いを伝える権利くらいはあったのかなと今でも思います。

251 アデル：やっぱり……好きだったんですね。

252 リリアナ：口に出したことは今まで1度もありませんし、妹として好きなのか一人の女性として好きなのか、今となっては分かりませんが。それでも愛しています。私が唯一永遠に守り抜くと誓った相手ですから。

253 アデル：……お互い色々ありますね。

254 リリアナ：そうですね……思い通りにならないことだらけです。

255 アデル：……さて、そろそろ私は皇后様を呼んで参ります。……話を聞いてくださってありがとうございました。

256 リリアナ：またいつでも。今度は騎士として、ではなく友達として、また話しましょう。

257 アデル：……ええ、ぜひ。

258 語り：晩餐会も無事終わり、王城には再び静かなゆったりとした時が流れた。それから太陽が５回ほど沈んだ日の夜、皆が待ち望んだ姫が誕生した。名はソフィア。シエラとレティシアと同じ瞳の色を持つ可愛らしい姫だった。

◇

【後日・シエラの部屋】

259 シエラ：レティシア、今日のソフィーのお洋服決めてちょうだい。

260 レティシア：うーん……これでどう？

261 シエラ：ふふ、それがいい、可愛いわ。さすがレティシア。

262 レティシア：すごい……一生懸命吸ってるわね……。

263 シエラ：赤ちゃんだもの。大きくなってもらわなきゃね。

264 レティシア：ねぇお姉様？レティシアね、お姉様みたいなお母様になりたいわ。

265 シエラ：レティシア。貴女にはこれからきっと色んな事が待ってると思うわ。デビュタントやパーティもあるし、なにより貴女はこの国の王女。きっとたくさんの縁談があるでしょう。でもね、自分の幸せを第１に考えて欲しいの。貴女が幸せな事が、お姉様は１番嬉しいわ。

266 レティシア：お姉様は幸せじゃないの？

267 シエラ：私は幸せよ。でも、今でも思うことがあるの。他の幸せもあったのかなって。何が幸せか、なんていつになってもわからないと思うけれど、レティシア、貴女はいっぱい考えて悩んで自分の幸せを見つけなさい。どんな結果でも、お父様とお母様が反対するような結果だったとしても、私は貴女の味方よ。それだけは覚えておいてね。

268 レティシア：……うん。ありがとう。お姉様。

269 シエラ：そうだわ、レティシア。そこの机の上にある本、読んでくれないかしら。

270 レティシア：いいよ！……この本？

271 シエラ：そう。しおりが挟んであるでしょう？そのページからおねがい。

272 レティシア：このしおり綺麗……。

273 シエラ：でしょう？貰ったのよ。……最愛の人から。

（終）