【男2:女2】縋った薫りは

男2:女2/時間目安50分


【題名】
縋った薫りは
(すがった かおりは)


【登場人物】
緋山涙(ひやまるい):愛香症を患う。
飯嶋夏蝶(いいじまほたる):ぬいぐるみ症を患う。
牧野紗羅(まきのさら):涙の高校の時の同級生。
三井天音(みついあまね):夏蝶の主治医。


【台本に入る前に少し基本説明】
*愛香症(あいこうしょう)
愛情を抱くと体からいい香りを発する病。自分の体から発しているため、本人は知覚できない。
*ぬいぐるみ症
発作を起こすとぐったりとその場にへたり込んでしまう。誰かに抱きしめてもらえるまで元に戻れない。


(以下をコピーしてお使い下さい)

『縋った薫りは』作者:なる
https://nalnovelscript.amebaownd.com/posts/33033878
緋山涙(男):
飯嶋夏蝶(男):
牧野紗羅(女):
三井天音(女):



-------- ✽ --------





【病院】


001 天音:お邪魔します。


002 天音M:こうして仕事前の空いた時間に彼の様子を見に来るのも日課になっていた。


003 天音:ホタルくん。おはよう。

004 夏蝶:……。(返事がない)


005 天音M:この病室には奇病の患者が入院している。……イイジマ ホタル。ぬいぐるみ症を患っており、半年ほど前、病気が悪化した事により運び込まれた。


006 天音:ホタルくん?

007 夏蝶:……ん?

008 天音:おはよう。

009 夏蝶:あぁ、おはようございます、先生。

010 天音:それ……手に持ったまま寝たの?

011 夏蝶:え……あっ、ご、ごめんなさい。

012 天音:あぁ、謝らなくていいんだよ。

013 夏蝶:……はい。

014 天音:不安だった?

015 夏蝶:その……眠れなくて。

016 天音:いいんだよ、少しづつ慣らしていけば。

017 夏蝶:……はい。


018 天音M:彼の手にはシルバーのネックレスが握られている。紐が切られたそのネックレスは彼の心も断ち切ってしまった。……こうなる前に気づけていれば……そう後悔してももう遅い






【半年前・自宅】


019 涙:あぁ〜今日も仕事かー。嫌だなー。

020 夏蝶:頑張ってね。

021 涙:ホタルは今日病院の日だっけ?

022 夏蝶:うん、定期検診。

023 涙:ホタルも、頑張ってね。

024 夏蝶:ありがとう。

025 涙:じゃあ行ってきます。何かあったら連絡して。

026 夏蝶:分かったよ。行ってらっしゃい。


(間)


【診察室】


<扉が空く>

027 天音:どうぞ〜。

028 夏蝶:よろしくお願いします。

029 天音:はい、お願いします。荷物はそこの籠にどうぞ。

030 夏蝶:はい。

031 天音:ちょっと久しぶりだね、最近調子はどう?

032 夏蝶:……まぁまぁ、です。

033 天音:それは、まぁまぁいい方?それとも悪い方?

034 夏蝶:悪い方、です。

035 天音:そうかそうか。……ここ最近大きな発作とかは?

036 夏蝶:……この前……その、えっと……。

037 天音:いいよ、ゆっくりで。何か飲む?

038 夏蝶:あ、いや、大丈夫です。すみません。

039 天音:……ホタルくん、こっちのベッド座ろうか。

040 夏蝶:え?

041 天音:ほら、こっち。いつもみたいに座って。

042 天音:(近くにいた看護師に向かって)毛布とお茶、用意してもらってもいいですか?……はい、お願いします。……こっちの方がリラックスして話せるでしょ。

043 夏蝶:あぁ、すみません。ありがとうございます。

044 天音:さて、じゃあまずは前の発作のこと聞いてもいい?

045 夏蝶:はい……この前、ルイが、その……出張、行ったんです。

046 天音:ホタルくんの恋人さん……だったよね?

047 夏蝶:はい。

048 天音:どのくらい出張に?

049 夏蝶:2週間、大阪に。

050 天音:2週間も?……ぬいぐるみ症の人がパートナーとそんなに長く離れてるのは……。

051 夏蝶:(割り込むように)大丈夫でした、から。

052 天音:はぁ……ホタルくん、私に嘘をつくのは違うでしょ?

053 夏蝶:……っ。

054 天音:先生相手に嘘をつくんじゃありません。……大丈夫じゃなかったから、そんな顔、してるんだよね。

055 夏蝶:先生には隠し事出来ないなぁ。……3日。記憶が無いんです。

056 天音:恋人さんは?

057 夏蝶:土曜日に1度戻ってきてくれる予定だったんですけど、会社の付き合いで帰るの日曜日になりそうって連絡貰って。……『そっち残りなよ、観光でもしておいで。』って言っちゃって。

058 天音:なんで……。

059 夏蝶:迷惑……かけたくなかったから。

060 天音:恋人さんも分かっててお付き合いしてるんだよね?

061 夏蝶:はい。それでも……俺がルイの荷物になっているのは間違いないですから。

062 天音:3日記憶がないって言ってたけど、そこ詳しく聞いてもいい?

063 夏蝶:火曜日は元々仕事が休みで家にいたんですけど、夕方頃突然眠気に襲われてベッドに行った所までは覚えてます。……その後は、ルイが起こしてくれるまで記憶が無いです。

064 天音:発作の後はどうした?

065 夏蝶:貰っていた薬を飲んでました。落ち着くまでは家に。ルイが看病してくれて。

066 天音:今、調子悪いとかは?

067 夏蝶:寝不足くらいで、あとは大丈夫です。仕事も普通にいけるくらいには戻りました。

068 天音:そっか……じゃあ今日はいつもと同じ薬に加えて毎日飲むタイプの薬も出しておくから、来週また来てくれる?

069 夏蝶:来週ですか?分かりました。

070 天音:様子を見つつちょっと話を聞こうかなと思って。来週ちょっと長めに予約取るからね。

071 夏蝶:なるほど……ありがとうございます。

072 天音:いいえ。……ホタルくん。

073 夏蝶:……はい?

074 天音:恋人さんに迷惑をかけたくないのは分かる。でもそれで無理を続けたら、壊れるのはホタルくんだからね。……私には幾らでも迷惑かけていいってことは覚えておいて。そのために私達はいるんだから。

075 夏蝶:はい。ありがとうございます。

076 天音:そう!そうやって、ホタルくんは笑ってる方がいいよ。

077 夏蝶:な、なんですかそれ。

078 天音:そのままの意味だよ。昔から診てるからね、顔を見ればある程度の事は分かるよ。今は、話して少しスッキリした顔。……はい、どうぞ。診察終わりの飴。

079 夏蝶:子供扱いしないでくださいよ。

080 天音:出会った時はこーんなだったでしょ?

081 夏蝶:そんなに小さくないです!おばさんみたいなこと言わないでください。

082 天音:もう十分おばさんだよ?

083 夏蝶:三井先生はまだお姉さんですよ。世の中のおばさんに怒られちゃいますよ。

084 天音:あはは、そうだね。……よし、じゃあ今日の診察はおしまい。また来週ね。

085 夏蝶:はい。ありがとうございました。






【外】


086 涙:まさか、またこうやってお前に会うことになるとはなぁ。

087 紗羅:いやぁ、まさか大阪で会うとはね。運命じゃない?

088 涙:運命かどうかはさておき、2社合同の飲み会で元同級生に会う、っていうのはすごい確率だとは思う。

089 紗羅:あはは、その辛口な感じ懐かしいな〜。ね、いんちょー。

090 涙:いい加減いんちょーって呼ぶのやめろよ。学生じゃあるまいし。あの時も恥ずかしかったんだからな?急に、「あ、いんちょーじゃん。」って。なんだよ。

091 紗羅:何よ、親しみがあっていいでしょ?

092 涙:はいはい、そうですねー。

093 紗羅:はーっ、可愛くない。

094 涙:煩い。そういう顔してるとモテないぞ〜。

095 紗羅:はぁ?そういうあんたこそ。彼女出来たわけ?

096 涙:あー、いるよ。……恋人。

097 紗羅:……は?

098 涙:何。

099 紗羅:あの、年齢イコール彼女いない歴だったいんちょーに恋人……?

100 涙:うん。

101 紗羅:マジか。

102 涙:残念でした。

103 紗羅:で、どんな人?

104 涙:んー、可愛い、かな。

105 紗羅:猫か犬ならどっち?

106 涙:んー、2択なら犬だけど……クマ、かな。

107 紗羅:……クマ。

108 涙:うん、俺のぬいぐるみ。

109 紗羅:……うん、全然想像つかないけどまぁいいや。その人との馴れ初め教えてよ。

110 涙:馴れ初めかぁ。……出先で、体調不良で座り込んでたところを看病したのが最初かなぁ。

111 紗羅:やば……。

112 涙:何、その顔は。

113 紗羅:そんなのカップル誕生確定イベントじゃん。本当にあるんだ。

114 涙:お互い似た者同士だから気が合って。そういうのもあったんだと思う。

115 紗羅:へー。色っぽくなっちゃって。

116 涙:なんだ嫉妬か?

117 紗羅:いや、まさかあのいんちょーが香水とか付けてくるとは思ってなかったって、それだけ。オシャレになっちゃってさ。

118 涙:香水?

119 紗羅:してるでしょ?

120 涙:あー……うん、まぁ。

121 紗羅:何その反応。

122 涙:気にしないで。……ちなみに、どんな匂い?

123 紗羅:え?……えーっと、なんか甘い感じの匂い、かな。これって細かく言えないけど。

124 涙:ふーん。……そっか。

125 紗羅:なんで?

126 涙:何でもない。……で?腐れ縁の俺に何か用でもあったの?

127 紗羅:いや、久しぶりに連絡しただけ。

128 涙:あはは、何それ。

129 紗羅:まぁいいじゃん。久しぶりに、腐れ縁のあたしと、お茶しようよ。

130 涙:新手のナンパですか〜?

131 紗羅:まぁそう言わないで。ほら行くよ、ルイ。






【自宅】


132 涙:ホタルー、ちゃんと薬飲んだ?

133 夏蝶:うん。ほら、今日のもバッチリ。

134 涙:ほんとだ。そのケース、まだ使ってたんだ。

135 夏蝶:うん。サイズも丁度いいし、オシャレだし。それに、ルイから貰ったやつだからね。

136 涙:いちいち入れ替えるの面倒じゃないの?

137 夏蝶:全然!病院の白い袋ってなんか気分上がらないじゃん?このケースはルイから貰ったやつだし、持ってるだけで気分が上がるから。

138 涙:そっか。ならあげたかいがあったなぁ。

139 夏蝶:オシャレなケースをありがと。

140 涙:いーえ。それあげたのいつだっけ?

141 夏蝶:んーと、付き合う前だったかな。

142 涙:もう……2年?

143 夏蝶:そのくらいかも。

144 涙:あっという間だなぁ。……いつもありがとう、ホタル。

145 夏蝶:こちらこそ。

146 涙:あぁ、そういえばホタル何か言うことあるって言ってなかった?

147 夏蝶:あー、明後日の病院の事何だけど……。

148 涙:(小声)そういう事か……一緒に行こうね。

149 夏蝶:え、でも予定は……?

150 涙:大丈夫、空けてあるよ。

151 夏蝶:そ、っか……(ホッとしたように)

152 涙:明後日、ちょっと時間長めみたいだし、ゆっくり過ごそうね。

153 夏蝶:……うん。……あの、ルイは、さ。

154 涙:ん?

155 夏蝶:ルイは病院行かないの?

156 涙:俺?……どこも悪くないけど。

157 夏蝶:愛香症は?

158 涙:あー、でも生活に支障はないからね。

159 夏蝶:そう?

160 涙:うん。別に好きが漏れても特に影響ないから。逆に有難いよ?変な女は寄ってこない。

161 夏蝶:ルイらしいや。

162 涙:こうやってホタルと話してる時間が一番幸せ。

163 夏蝶:……うん、俺も。

164 涙:ホタル?

165 夏蝶:(少し食い気味で)ルイ明日の予定は?

166 涙:明日は昔の友達と遊んでくるよ。

167 夏蝶:……そっか。

168 涙:どうかした?

169 夏蝶:いや、ルイと見ようと思って映画借りたんだ。明日休みとしか書いてなかったからてっきり家にいると思って。

170 涙:あぁ、ごめん書き忘れてた。

171 夏蝶:大丈夫大丈夫!僕が確認すれば良かっただけだから。

172 涙:ちなみに何借りたの?

173 夏蝶:2人で見ようって言ってたけど見れなかったやつ。

174 涙:どれだ……?

175 夏蝶:秘密。

176 涙:えぇ〜。

177 夏蝶:あとでのお楽しみ。

178 涙:明日見るんでしょ?

179 夏蝶:うーん……明日夜更かしして見ようかな〜。

180 涙:じゃあ早く帰ってくるね。

181 夏蝶:うん、明日は一緒に夜更かししようね。

182 涙:じゃあ今日は早く寝ないとだな〜。

183 夏蝶:そろそろ寝る?

184 涙:うーん。……(小さく笑う)


185 夏蝶M:ルイは笑顔で僕を押し倒し、ひとつキスをした。


186 涙:……もうちょっと起きてよ?

187 夏蝶:……わかった。


188 夏蝶M:この後ルイに沢山愛された僕は、そのままルイの腕の中で意識を手放した。闇に落ちる寸前、ルイからは、いつもと違う香りがしていた。






【外】


189 紗羅:ねぇー。なんでそんなボケーッとした顔してんの。

190 涙:は?そんな顔してないし。

191 紗羅:してる。なに、考え事?

192 涙:うーん、まぁ考え事。

193 紗羅:何なに?言ってみ。ほれほれ。

194 涙:……マキノはさ。

195 紗羅:うん。

196 涙:なんで最近こんなに誘ってくれるの?

197 紗羅:……は?そんな事考えてたわけ?

198 涙:まぁ。

199 紗羅:そっか、真面目なところは相変わらずね。

200 涙:うるさい、それで、答えは?

201 紗羅:うーん……一緒にいて楽しいから。

202 涙:それだけ?

203 紗羅:遊んだりするのにそれ以上の理由いる?

204 涙:んまぁ、たしかに。

205 紗羅:いちいち理由つけて遊んだりするの面倒すぎ。まぁイケメンと遊ぶ時はそれにプラス下心。

206 涙:サイテー。

207 紗羅:あたしらしくていいでしょ?

208 涙:それは言えてる。マキノは絶対純度100%じゃないもん。

209 紗羅:うるさいなー。安心して、あんたに下心はない。

210 涙:あったら困るから。

211 紗羅:再会の仕方は少女漫画みたいだったのに。もう少しトキメキがあっても良さそうだけどなぁ。

212 涙:まさかね、出張先でお前に会うとは。

213 紗羅:そんなイベント起きてもときめかないとはなー。

214 涙:ときめくな。俺恋人いるんだから。

215 紗羅:そうそう、その恋人の事もう少し聞かせてよ。この前はぐらかしたじゃん。

216 涙:何から聞きたい?聞いた質問に答えてあげる。

217 紗羅:じゃあ……年齢は。

218 涙:同い年。

219 紗羅:何してるの、仕事は?

220 涙:ショッピングモールの雑貨屋さんで働いてる。

221 紗羅:馴れ初めは?出会いは聞いたけどその後。

222 涙:助けたあと連絡が来て、お礼がしたいからってご飯に行って。そこからちょくちょくご飯行くようになって、って感じかな。

223 紗羅:へぇ〜やるなぁ。なかなかいい女じゃん。

224 涙:ん?男だよ?

225 紗羅:……え?まじ?

226 涙:うん。あ、言ってなかったか。

227 紗羅:いや……まじか……え、いんちょー高校の時に好きだった子、女の子だったよね?

228 涙:うん。俺両方いけるタイプだったみたい。

229 紗羅:そっか。……大変じゃないの?その……そういう時とか。

230 涙:あはは、サイテー。そういうのはBLとかでロマンを持っておけよ。

231 紗羅:あ、はい。

232 涙:あはは!……ほんと、マキノと話すの楽だわ。

233 紗羅:それは普通に嬉しい。けど、その恋人くん?と話すのもまたいいんでしょ?

234 涙:聞くだけ野暮、と言いたいけど。

235 紗羅:さて、その部分も聞こうかな。

236 涙:ホタル……あぁ、恋人ね。……ホタルといる時は、俺は彼氏でいなくちゃいけないわけで。でも、いつもと状況は違うわけで。

237 紗羅:まぁそうね。いつもは相手女の子だもんね。

238 涙:そう。今まで通りにはいかないから難しくて。

239 紗羅:そっか。

240 涙:でも、……あいつには俺しかいないって言う安心感は、もう他では手に入らないとも思う。

241 紗羅:それはなんで?男の方が簡単に次行くと思うけど。

242 涙:ホタルはね、ぬいぐるみ症っていう病気なんだよ。知ってる?

243 紗羅:いや、聞いたことない。

244 涙:ぬいぐるみ症って、まぁ簡単に言うと、調子が悪くなると動けなくなるんだけど、それを治すには抱きしめてあげなきゃいけない。

245 紗羅:それがいんちょーである必要はないんでしょ?

246 涙:いや……それがね、まぁちょっと難しい話にはなるんだけど……ぬいぐるみ症の人にネックレスとかを贈ってしまうと、その贈られた人以外受け付けなくなっちゃうの。

247 紗羅:えーっと。つまり、いんちょーがその恋人くんに既にネックレスをプレゼントしてるから、いんちょーは恋人くんから離れられない、ってこと?

248 涙:そういうこと。ホタルを治してあげられるのは俺しかいない。それが苦しくもあるけど心地いいんだよね。絶対離れないもの、っていうか。

249 紗羅:ふぅん。

250 涙:暗い話はこの辺にしようか。

251 紗羅:ねぇ、あたしにすれば?

252 涙:……は?

253 紗羅:だから。付き合うのあたしにすれば?

254 涙:いや、さっきの話聞いてた?

255 紗羅:聞いてたよ。聞いてる上で言ってる。

256 涙:……訳わかんないんだけど。

257 紗羅:そんな事考えながら付き合うっておかしいでしょ。もっとフランクでいいと思うけど。

258 涙:何それ。

259 紗羅:ルイは考えすぎ。もっと楽に生きなよ。人の人生背負って生きるのはまだ早すぎんじゃない?

260 涙:そっかぁ、早すぎるか……。

261 紗羅:あたしはそう思うけど。

262 涙:本気にするよ?

263 紗羅:してくれた方が嬉しい。






【病院】


264 天音:一通り私が聞きたいことは聞けたから、次はホタルくんの番。何か言いたいことない?

265 夏蝶:えっと……特には。

266 天音:本当に?

267 夏蝶:……はい。

268 天音:ふふ……じゃあなんでネックレスをずっといじってるの?

269 夏蝶:……え?

270 天音:話してる最中ずっと触ってるし、さっきから1回も目を合わせてくれない。そういう時は何かあったってこと。しかもそのネックレス関連で。違う?

271 夏蝶:さすが先生。

272 天音:何年ホタルくんの主治医やってると思ってるの。

273 夏蝶:隠し事なんてできないですね。……このネックレスをくれたルイ、多分好きな人がいるんです。

274 天音:それは、なんでそう思うの?

275 夏蝶:先生なら分かるかな。ルイ、愛香症なんです。

276 天音:愛情を抱くと身体からいい匂いを発する病気……であってる?

277 夏蝶:それです。……だから、多分間違いない。

278 天音:勘違いという事は?

279 夏蝶:抱きしめられた時、恋人からいつもと違う匂いがするんです。僕を思った匂いより、もっと甘ったるい匂い……別の人を思った匂いに包まれる僕の気持ちが分かりますか?勘違いだって……。

280 天音:もういいよ、私が悪かった。

281 夏蝶:先生?……僕はどうしたらいいですか?……このネックレスさえ無ければ、ルイを縛らずに済むのに。……ねぇ先生、これ切ってよ。お願い、切って。

282 天音:私は先生だから、それは出来ない。

283 夏蝶:なんで?……切ってよ……お願い。

284 天音:ホタルくん、他に道を探そう?ネックレスを切る以外で。ネックレスを切っても何も変わらないよ。

285 夏蝶:……そう、ですよね。すみません。

286 天音:いや、私こそちょっと突っ込みすぎたね。ごめんね。

287 夏蝶:いえ、大丈夫です。

288 天音:今日は色々話してもらって疲れたと思うし、ゆっくり過ごしてね。

289 夏蝶:はい。


(間)


【帰り道】


290 涙:お疲れ様、ホタル。荷物持とうか?疲れたでしょ。

291 夏蝶:ううん。大丈夫だよ。

292 涙:そう?無理しちゃダメだからね。

293 夏蝶:うん。ありがとう。長く待たせちゃってごめんね。

294 涙:いや、待つのは全然大丈夫だよ。でも今日は長かったね?

295 夏蝶:うん、検査と問診と両方だったからね。

296 涙:そっか。

297 夏蝶:あ、薬貰ってから帰らないと。

298 涙:じゃあホタルが薬貰ってる間、いつものカフェで席取って待ってるよ。

299 夏蝶:分かった。今日は買い物する?(※被せ)

300 紗羅:(※被せ)あれ、いんちょーじゃん。

301 涙:え……マキノじゃん。こんな所でなにしてるの?

302 紗羅:お買い物の帰り。いんちょー、そのイケメンくんは?

303 涙:あぁ、こちらホタル。俺の恋人。

304 夏蝶:初め、まして。

305 紗羅:初めまして、ホタルくん。私のことはサラって呼んで。

306 夏蝶:え、えっと。

307 涙:ほら、ホタルが困ってるでしょ。

308 紗羅:ごめんね、ホタルくん。

309 夏蝶:あ……いえ。

310 涙:このマキノ、俺の高校の同級生なの。3年間同じクラスの腐れ縁。

311 紗羅:ホタルくんがいんちょーの恋人なのかぁ。イケメン捕まえたじゃん。

312 涙:だろ?うちのホタルに手出すなよ。

313 紗羅:そんな事しないよ。……ホタルくん今度あたしとデートしようよ。

314 夏蝶:へ?

315 涙:はぁ……話聞いてたのか?

316 紗羅:聞いてたよ。聞いてた上で誘ってる。

317 涙:全く……相手にしなくていいよ、ホタル。

318 夏蝶:……う、うん。

319 涙:……ホタル?

320 夏蝶:ルイ、僕薬貰ってくるね。おふたりでごゆっくり。……失礼します。

<夏蝶が立ち去る>

321 涙:あっ、ホタル!……やっちゃった……。

322 紗羅:あたし何か余計な事した?

323 涙:ううん。俺が間違えた。

324 紗羅:間違えた?

325 涙:ホタルが自分の事を『僕』って言った時は俺が何か間違えた時なんだ。

326 紗羅:なにそれ。……めんどくさ。

327 涙:そう言うなよ。

328 紗羅:あたしああいうタイプ大っ嫌い。なんか、いちいちそういうこと考えながら付き合わなきゃいけないなんてだるくない?

329 涙:慣れ、かな。

330 紗羅:そんなのに慣れるのなんてあたしは無理。まぁホタルくんもああ言ってたし、今日はとことん話聞くからさ。そこのカフェ行く?

331 涙:うーん。違う所にしよ。……あそこには行きたくない。


(間)


【自宅前】


332 紗羅:あれ、ホタルくん?

333 夏蝶:あ、マキノさん……先程はどうも。

334 紗羅:随分と遅い帰りだね。

335 夏蝶:のんびりしてたら遅くなってしまって。

336 紗羅:そう。……君、ルイの恋人何だってね。

337 夏蝶:……はい。

338 紗羅:別れてよ。

339 夏蝶:え?

340 紗羅:気付いてるんでしょ?ルイの好きな人はあたしだって。

341 夏蝶:……っ……。

342 紗羅:あたしもさ、ルイの事好きなんだ……高校の時からずっと。

343 夏蝶:そう、ですか。……でも(※被せ)

344 紗羅:(※被せ)ネックレスでしょ?これ厄介だよねぇ。ネックレス、切っちゃいなよ。

345 夏蝶:……へ?

346 紗羅:大丈夫、この繋がってるうちの1つを切れば簡単に取れるから。

347 夏蝶:そ、んなこと。

348 紗羅:何がルイのためなのか、考えたら?

349 夏蝶:あ……。

350 紗羅:あーあ……面白くない。じゃあな、ホタルくん。


(間)


【自宅】


<夏蝶が帰宅。扉が開く>

351 涙:あ、ホタル。遅かったね。おかえり。

352 夏蝶:……ただいま。

353 涙:ホタル……何かあった?

354 夏蝶:ううん、何も無いよ。疲れたから少し部屋で休むね。

355 涙:ホタル。

356 夏蝶:っ……何?

357 涙:流石にホタルの様子がおかしいのは俺でもわかるよ。ちゃんと話しよう?

358 夏蝶:…………だ。

359 涙:え?

360 夏蝶:……やだ。

361 涙:何で?

362 夏蝶:僕に何も言わずに、僕とルイの家に別の……女の人を連れ込むルイとなんて、何も話すことない。

363 涙:なんでそんなこと言うの。

364 夏蝶:事実でしょ?……もういいよ……嫌いになったならちゃんと言ってよ。

365 涙:何の話?

366 夏蝶:ルイは知らないと思うけど、ルイ……出張から帰ってきてから変わったよ。

367 涙:何が変わったんだよ。はぐらかすな。

368 夏蝶:なんでルイがイライラしてるの?

369 涙:ホタルが(※被せ)

370 夏蝶:(※被せ)僕が悪いの?全部、何もかも僕が悪いの?

371 涙:え……?

372 夏蝶:ルイが休みに友達と会うようになったのも、今まで誰も入れたこと無かったこの部屋に女連れ込んだのも、ルイから違う匂いがするのも、全然僕が悪いの?

373 涙:友達に会うのはお互い了承の上だろ?

374 夏蝶:……そうだね。でも……僕との先約を変えてまで友達に会うのを了承した覚えなんてないよ?……そういう時の相手がマキノさんだって事も。

375 涙:なんで、知ってるの?

376 夏蝶:僕を抱きしめる時のルイ、違う匂いがするんだよ?……それで気づかないと思う?

377 涙:……何それ。

378 夏蝶:ルイが今好きなのは、僕じゃないよ。

379 涙:え……なんで……え。

380 夏蝶:ルイ、別れよ。

381 涙:なんでそんな事言うんだよ?……ホタルは僕のぬいぐるみだろ?

382 夏蝶:そうだね。……好きでもない僕といるのは嫌でしょ?好きな人と一緒にいなよ。……マキノさん、ルイの事好きだって。よかったね。

383 涙:なんでそんなことホタルが知ってるんだよ。なんでそんな事言うんだ!俺が好きなのは!

384 夏蝶:マキノさん、だよ。……僕は、自分に嘘をつくルイと、今までみたいに過ごすの、嫌だな。

385 涙:ホタル……。

386 夏蝶:ルイ。ルイはマキノさんと幸せになるべきだよ。僕はルイの幸せが一番だから。

387 涙:……わかった。ホタルの気持ちはわかったから。今訳わかんなくて、答え出せないから。ちょっと、頭冷やしてくる。ごめん。

<涙が家を出る>

388 夏蝶:あぁ……酷いこと言っちゃったな……。


389 夏蝶M:何も言わずに、ただ全てを自分のせいにしていれば、ルイを傷つけなかったかもしれない。ルイに愛香症の自覚症状がない事なんて分かっていたのに。ルイの匂いが徐々に消えていく。それは、包まれていた僕の罪悪感を露わにして行った。……その罪悪感に耐えられるほど、僕は強くなかった。


390 夏蝶:ねぇ、ホタル。お前と同じ姿になったら、ルイは戻ってきてくれるかな?


391 夏蝶M:僕の部屋の、クローゼットの奥の奥に仕舞われたふわふわのくまのぬいぐるみを手に取り尋ねる。……ルイも知らない、僕の秘密。


392 夏蝶:オマエは僕で、僕はオマエ……だからね。


(間)


【紗羅自宅】


393 涙:マキノ、泊めて。

394 紗羅:あたし、彼氏とセフレ以外の男、家に入れたくないんだけど。

395 涙:泊、め、て。

396 紗羅:何があったの。

397 涙:なんでそう思うの。

398 紗羅:午前中のあれに、さっきのあれで、今これ。流石に何も無いじゃ済まさないよ。

399 涙:ホタルと喧嘩したっていうか、なんと言うか。

400 紗羅:ふーん。ったく仕方ないなぁ。とりあえず入って。

401 涙:お邪魔します。

402 紗羅:テキトーに座って。コーヒー?紅茶?

403 涙:種類豊富だな。

404 紗羅:種類たくさんあるね、どれがオススメ?って話盛り上がれるでしょう?それに、こういう嗜みがあった方がいい男釣れるの。

405 涙:マキノお前なぁ。

406 紗羅:で?何にするの。

407 涙:紅茶。種類は分かんないからお前のオススメで。

408 紗羅:詳しくご説明致しましょうか?

409 涙:いらない。

410 紗羅:それで?

411 涙:何が?

412 紗羅:うちに来た意味。理由。

413 涙:ホタルに別れよって言われて、何も考えられなかったから家飛び出してきた。

414 紗羅:はい、これいんちょーの分。

415 涙:ありがとう。

416 紗羅:もう別れちゃいなよ。

417 涙:でも、

418 紗羅:ネックレスなんて上げただけでしょ?そこから先はホタルくん次第。付けるも外すもあの子次第だよ。

419 涙:いや、それは違う。ネックレスは、あいつにとっては外せない結婚指輪みたいなものなんだよ。

420 紗羅:そういうならなんでいんちょーは今ここにいるの?家帰りなよ。

421 涙:い……やだ。

422 紗羅:とりあえずハッキリしたら?ルイが好きなのは誰?

423 涙:え、っと……。

424 紗羅:どっち?

425 涙:……マキノ。……たぶん。

426 紗羅:うん、ルイの匂いもそうだって言ってる。

427 涙:やだ。

428 紗羅:あたしにやだって言われても。

429 涙:なんでこんな病気なんだろう。

430 紗羅:あたしはそういう病気になった事も周りの人間がなった事もないから分かんないけど、でも病気に振り回されるのってなんか違くない?好きなように、気の向くままに生きなよ。

431 涙:あはは……マキノといるの楽だな。

432 紗羅:そう。……あ、でもちゃんと話すこと。なあなあにして終わらせるのは辞めなね。

433 涙:その言葉をマキノの口から聞くとは。

434 紗羅:これ、人間関係で後を引かないようにするコツ。

435 涙:その人間関係の詳細は聞かないでおく。

436 紗羅:そうして。……あと、いい加減サラって呼んでよ。

437 涙:……ホタルとちゃんと話してからね。

438 紗羅:流石、「いんちょー」ね。……じゃあ、あたしは名前で呼ばれるまであんたには手は出さない。

439 涙:なんだそれ。

440 紗羅:困るでしょ?あたしが手出したら。

441 涙:……困る。

442 紗羅:うん、しってる。今は全部忘れて疲れを癒すことだけ考えな。疲れたままじゃ何も上手くいかないでしょ。

443涙:……うん。


(間)


【病院】


444 夏蝶:……ん……。(目を覚ます)

445 天音:ホタルくん?わかる?

446 夏蝶:先生……なんで?

447 天音:ホタルくんが座り込んでるの見つけてここまで運んだんだよ。……気分とかはどう?

448 夏蝶:……大丈夫。

449 天音:そっか、良かった。……あぁ、あとこれ。

450 夏蝶:え……ネックレス……あれ、なんで、えっと……。

451 天音:……ごめんね、処置をするのに邪魔だったから外しちゃったんだ。

452 夏蝶:そ……っか。

453 天音:恋人さんには私から話すから。……ホタルくんのせいじゃないからね。

454 夏蝶:……うん。

455 天音:先生、ちょっと提案があるんだけど聞いてくれる?

456 夏蝶:……うん。

457 天音:……っ……せっかくだからこのまま入院して検査とかしない?このまま家に帰すのも心配だし、その点病院にいてくれれば私が診れるし。

458 夏蝶:……うん。

459 天音:ホタルくん?

460 夏蝶:……なぁに?せんせ。

461 天音:……ううん。何でもない。とりあえず今はゆっくり休んで、続きは明日話そう。

462 夏蝶:……うん。

463 天音:おやすみ、ホタルくん。






【紗羅自宅】


464 涙M:家を出てから、家には帰れなくなっていた。なんだか怖くて。戻ってしまったら、全てが元の道に戻ってしまいそうで。俺はただ逃げていただけだって自分でもわかっていた。早く探さなきゃ、早く家に戻らなきゃと思う日もあった。……それでも帰れなかった。サラの横は居心地が良かったから。


465 紗羅:ルイ、電話。


466 涙M:誰かからの電話。誰からの電話かなんて見ていないのにその電話には出たくなかった。出てはいけないと、なんとなくそう思った。


467 紗羅:ルイ?出ないの?

468 涙:出、る。……はい。

<天音から涙に電話>

469 天音:私はホタルくんの担当医のミツイです。ヒヤマ ルイさんの携帯でお間違いないですか?

470 涙:……はい。


471 紗羅M:帰したくなかった。帰したらルイが離れていく気がしたから。ずっとこのまま時が流れればいいとすら思った。……電話をしているルイの表情を見ればなんとなく察しがついた。このぬるい時間が終わる。


472 涙:あの……先生が俺になんの御用で……?

473 天音:ホタルくんの事で少々。

474 涙:ホタルの事で……はい。

475 天音:……何も聞かないんですか?

476 涙:どういう事、でしょうか。

477 天音:ホタルくんの行方ですよ。

478 涙:行方、って。

479 天音:まさか家に戻ってないんですか?

480 涙:え……。

481 天音:家に戻っていれば、ホタルくんが家にいない事くらい分かりますよね?何故私が電話したと思いますか?

482 涙:……わかりません。

483 天音:はぁ……ホタルくん、うちに入院してます。

484 涙:え?

485 天音:貴方、今どちらに?

486 涙:えっと、友達の家に。

487 天音:道理で繋がらないわけね……。

488 涙:あの、ホタルは、その、大丈夫なんですか?入院って……。

489 天音:大丈夫かどうかはご自分の目で確かめてはいかがですか?

490 涙:そう、ですよね。

491 天音:彼の病室は405号室です。

492 涙:分かりました。

493 天音:……あともう1つ、お伝えしなければいけない事があります。

494 涙:はい。

495 天音:ホタルくんを発見した際、切れたネックレスを手に持っていました。恐らく、ご自身で切ったものと思われます。ぬいぐるみ症の彼がその行動を取った意味、よく考えて下さい。

496 涙:え……ホタルが、ネックレスを。

497 天音:詳しいことは分かりませんが状況だけならそう判断するのが妥当かと。

498 涙:そう……ですか。

499 天音:お見舞いに来るか来ないかは貴方にお任せします、が……来ないならホタルくんは諦めてください。では。

<電話が切れる>

500 涙:え、それ……あっ。

501 紗羅:大丈夫?

502 涙:ホタル……今病院にいるんだって。

503 紗羅:そっか。とりあえず良かったじゃん、無事で。

504 涙:俺、どうしよう。行くべき、だよね。

505 紗羅:……とりあえず一回家帰ったら?家に戻って、ゆっくり考えて、答え出しなよ。

506 涙:う、ん。






【自宅】


507 涙M:久々に帰る、ホタルがいない家はとても冷たかった。家の中は真っ暗だった。唯一のあかりは、少し空いたカーテンから差し込む月の光だけ。


508 涙M:家の中を見回すと、ホタルの物が床に散らばっていた。……その中に見覚えのある小さなケースを見つけた。


509 夏蝶:このケース、蝶の柄だ……ルイの柄だね。


510 涙M:そうホタルが言うから俺は普段買いもしないクマの柄のケースを買った。……ふいにその時のデートで買ったぬいぐるみのことを思い出した。茶色の毛で、ふわふわのくまのぬいぐるみ。


511 涙M:散らばった部屋でそれを見つけるのに、それほどの時間はかからなかった。……窓際。テレビのすぐ側にぬいぐるみは落ちていた。


512 涙:こんな所にあった。……え。


513 涙:ぬいぐるみは、ズタズタに引き裂かれていた。


(終)

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