【男1：女1】眠りのルージュ

男1：女1／時間目安30分

【題名】

眠りのルージュ

（ねむりのるーじゅ）

【登場人物】

荒木美琴(あらきみこと)：キャリアウーマン。

田中陽翔(たなかはると)：入社二年目。

（以下をコピーしてお使い下さい）

『眠りのルージュ』作者：なる

https://nalnovelscript.amebaownd.com/posts/32379305

荒木美琴(女)：

田中陽翔(男)：

－－－－－－－－ ✽ －－－－－－－－

001 美琴Ｍ：朝目が覚めて最初に目に入るのは、何故か貴方の面影を感じる会社の部下。月も太陽もいないベッドの中でそっと彼の頬を撫でる。……貴方の頬はもう少し熱かったはずなのに。

（間）

002 陽翔Ｍ：朝目が覚めて最初に目に入るのは、日が昇る前の薄暗い空。揺れるカーテンの奥には大きな鏡の前で化粧をする会社の上司。……少し目を伏せて口紅を塗る貴女の横顔はいつでも綺麗だった。

003 美琴：ふふ……おはよう。

004 陽翔：おはようございます。……今何時ですか。

005 美琴：5時。まだ寝れるよ。

006 陽翔：……相変わらず朝早いですね。

007 美琴：仕事が山積みだから。早く行きたいの。

008 陽翔：そっか。

009 美琴：まだ寝てて大丈夫だから。ほら目瞑って。

010 陽翔：……今日はちゃんと寝れました？

011 美琴：うん。

012 陽翔：あの夢、見なかった？

013 美琴：……うん。

014 陽翔：見たんだ。

015 美琴：見なかったって。

016 陽翔：さっきの間（ま）は、嘘。

017 美琴：……本当に大丈夫だから。この時期はいつもこんな感じだし。

018 陽翔：時期？……あぁ。

019 陽翔Ｍ：ふとカレンダーに目をやると赤い丸がついている日がある。一年に一度、記念日でも何でもない日。愛情が哀愁に変わった日だ。

020 美琴：……そんな顔しないでよ。

021 陽翔：心配してるんです、俺は。

022 美琴：ありがとうね。……ほら、仕事行く支度しなきゃ。

023 陽翔：今日は絶対定時で上がってくださいね。

024 美琴：え？

025 陽翔：夕飯は家で食べます。俺作るんで心配しなくていいです。そんでゆっくりお風呂入って早めに寝ます。いいですか。

026 美琴：え……っと……。

027 陽翔：返事は。

028 美琴：ふふ……わかった。定時上がりね。任せて。よし、じゃあお先に。行ってきます。

029 陽翔：行ってらっしゃい。

030 美琴：また後でね。

031 陽翔：はい。

032 美琴：ふふ、寝癖凄いよ。じゃ。

033 陽翔Ｍ：そう言い残して彼女は家を後にする。俺と彼女の間には踏み込めない線がある。その線を越える許可を彼女はくれない。

◇

034 美琴：タナカ、オグラ商事との打ち合わせの資料、作り終わってる？

035 陽翔：終わってます。これです。

036 美琴：ちょっと見せて。……（資料を確認しながら）んー……タナカー。

037 陽翔：どうかしましたか？

038 美琴：ここの部分担当したの誰？

039 陽翔：僕です。

040 美琴：今回の向こうの担当者、サイトウさんでしょ？それなら４ページ目のこの部分を先に持ってくる方がいいかも。あの人利益を重視するタイプだから。

041 陽翔：分かりました。

042 美琴：よろしく。

043 陽翔Ｍ：彼女は短く返事をするとまた手元の資料に目を落とした。鳴り止まない電話を上手く部下に振り分けて処理していく。仕事の出来るしっかり者。……そんな彼女が抱える重たい影に触れたのは、俺が彼女の元に配属された２年前の夏の終わりのことだった。

◇

【過去】

044 美琴：タナカ。

045 陽翔：部長。お疲れ様です。

046 美琴：お疲れ。どう？仕事終わった？

047 陽翔：あと少し、というところです。

048 美琴：そう。どれ？

049 陽翔：この入力作業と、あとこの資料をまとめるだけです。

050 美琴：そう。じゃあこれ貰っていくわね。

051 陽翔：いや、それは申し訳ないです。部長、もう仕事終わってますよね？

052 美琴：新人を置いて帰るほど冷たくないわよ。

053 陽翔：それならせめてこちらを……。

054 美琴：入力作業は新人の仕事、でしょ？……コーヒーとこの資料、交換ね。

055 陽翔：……これお好きなんですか？

056 美琴：え？

057 陽翔：このコーヒー、売ってるスーパーが限られてるんですよ。だからわざわざ買いに行くくらいお好きなのかと。

058 美琴：あ、そうなの。……知らなかった。

059 陽翔：この味がお好きなわけでは無いんですね。

060 美琴：うん。……私の知り合いがね、好きなの。

061 陽翔：恋人ですか？

062 美琴：えっ、

063 陽翔：部長の顔が少し緩んだので、そうかなと。

064 美琴：……そう。恋人。……恋人、だった人。

065 陽翔：……だった、人、ですか。

066 美琴：その話聞く？

067 陽翔：あー……俺が聞いてもいい話なら。

068 美琴：重いよ？

069 陽翔：いいですよ。

070 美琴：……高校の同級生だったの。高校２年生の時だったかなぁ。文化祭で告白されてね。それで付き合ったんだけど、元々試験の順位とか競ってた相手だったから、カップルっていうよりも、いいパートナーって感じが強かったんだ。

071 陽翔：へぇ、なんかいいっすね、そういうの。

072 美琴：ふふ。でしょ？……大学も同じで学部も同じ。あいつ超顔が綺麗でさ？まぁ私もこの顔だし、お似合いだね〜とか言われていたわけ。

073 陽翔：あぁ……はぁ……。

074 美琴：何よ、その顔。

075 陽翔：いや、なんでも。部長もそういう冗談言うんだなって。

076 美琴：私のことなんだと思ってるのよ。

077 陽翔：仕事が出来る冗談とか好きじゃないタイプ？

078 美琴：ふふ、よく言われる。仕事人間で冷たいって部下に言われたことあるし。

079 陽翔：凄い失礼なやつですね。

080 美琴：お酒の席だったし気にしてない。その子もかなり酔ってたしね。

081 陽翔：……そうですか。

082 美琴：なんでタナカが怒ってるの。……話戻すね。さっき言った通り、色んな事を一緒に乗り越えてきた人だったの。なんとなく、この人とこの先もいるものだと思ってたんだ。

083 陽翔：もしかして……。

084 美琴：……大学を卒業する前に死んじゃった。……事故でさ。その日も今日みたいに星がよく見える夜でね。……その時も飲んでたな、このコーヒー。

085 陽翔：部長……。

086 美琴：ふふ……コーヒー１つでこんなに思い出すんだね……未練タラタラだなぁ。あはは。……もう十年経つのに。

087 陽翔：そんなに強がらなくても大丈夫ですよ。

088 美琴：え？

089 陽翔：なんか無理して笑ってるから。……別に言いふらしたりしませんし、泣いて下さい。

090 美琴：泣かないよ。

091 陽翔：なら命令したらいいじゃないですか。僕部下なんで、上司の命令には従いますから。見るなと言われれば見ませんし。

092 美琴：あはは、何それ。私は大丈夫だって、

093 陽翔：……もう涙、零れてるじゃないですか。

094 美琴：えっ……あれ、ほんとだ。なんでだろ、えっと。

095 陽翔：……僕ちょっとそこで夜食買ってきますね。

096 美琴：……。

097 陽翔：……部長？

098 美琴：……その。

099 陽翔：……なんですか？

100 美琴：えっ、と。

101 陽翔：ちゃんと言ってください。

102 美琴：……ご、ごめん！その、何でもない。

103 陽翔：隣失礼しますね。

104 美琴：え、タナカ何して……。

105 陽翔：ほら、こっちに体重預けていいんで。思う存分泣いて下さい。今俺、何も聞こえないんで。

106 美琴Ｍ：そういって田中はどこからか取り出したイヤホンをして私から顔を背けた。

107 美琴：あはは、何それ……意味わかんない。

108 陽翔Ｍ：この日を境に俺たちの関係は少しずつ変わっていった。彼女の秘密に触れる度に、彼女が秘密に蝕まれる姿を見る度に、俺は彼女の紅い沼に少しずつ堕ちていった。

◇

【美琴の家】

109 美琴：ねぇタナカ。

110 陽翔：なんですか、部長。

111 美琴：やだ、ミコトって呼んでよ。家でまで部長って呼ばれたくない。

112 陽翔：そんな事言われても……。

113 美琴：じゃあ私もハルトって呼ぶからさ。ね？

114 陽翔：嫌です。付き合ってるとかならまだしも、上司を名前で呼ぶ人がいますか？

115 美琴：ハルトが最初って事で。

116 陽翔：はぁ……嫌です。

117 美琴：私も嫌です。

118 陽翔：俺出ていきますよ？

119 美琴：それは……ダメ。

120 陽翔：そうですよね。ミコトさん、俺がいないとまともに寝れないですもんね。

121 美琴：……うるさい。

122 陽翔：３時寝の５時起き？

123 美琴：それは！……二度寝するし。

124 陽翔：目の下のクマは？

125 美琴：それは……化粧で隠すし。

126 陽翔：寝不足でフラフラするのは？

127 美琴：エナドリでなんとか……。

128 陽翔：……ふふ。

129 美琴：何よ。

130 陽翔：ミコトさんってほんと、俺がいないとダメなんですね。

131 美琴：それで家賃も光熱費も一切掛からずに生活出来てるんだからいいでしょう。

132 陽翔：あれ〜？俺家賃ちゃんと渡してますよね？

133 美琴：あっ……それはそうね。

134 陽翔：俺が毎月渡してる家賃どうしてるんですか〜？

135 美琴：ちゃんと家賃に当ててるわよ。

136 陽翔：本当は？

137 美琴：だから家賃に、

138 陽翔：本当は？

140 陽翔：は？

141 美琴：迷惑料としてこの同居が終わったら返そうと。

142 陽翔：何してるんですか、部長。

143 美琴：部長は辞めてって、

144 陽翔：話し逸らさない。……来月から食費は全額俺が持ちますね。

145 美琴：それはダメ！

146 陽翔：何でですか？

147 美琴：わ、私がお菓子とか買えなくなっちゃう。

148 陽翔：子供ですか。

149 美琴：いいわよ、子供でも。

150 陽翔：本当のところはどうなんですか？

151 美琴：……っ……。

152 陽翔：黙ってちゃ分かりません。

153 美琴：だって、申し訳ないじゃない。職場の上司と住むのだって色々疲れるでしょ？それに……別に付き合ってる訳じゃないし。

154 陽翔：じゃあ付き合います？

155 美琴：それは……。

156 陽翔：そんな悲しそうな顔しないで下さいよ。今のは俺が悪かったです。

157 美琴：……タナカはそっちの方が都合いい？

158 陽翔：別に俺はどっちでもいいですけど。……でも、不思議な関係だなとは思ってますよ。まさかソフレが本当に添い寝するだけの関係だとは思わなかったです。

159 美琴：そ、ふれ？

160 陽翔：添い寝フレンド。知りません？

161 美琴：知らない。……ジェネレーションギャップかぁ。

162 陽翔：そうかもしれないですね。……まぁ、俺はこの変な関係、案外気に入ってるので別にこのままでいいですよ。

163 美琴：……ふふ。

164 陽翔：何かおかしいこと言いました？

165 美琴：別に？……似てるなって、思っただけ。

166 陽翔：誰に？

167 美琴：んー？内緒。

168 陽翔：何ですかそれ。教えてくださいよ。

169 美琴：ふふ、やだ。さてと、仕事の支度しなきゃ。

170 陽翔：あれ、今日休暇促進日じゃ？

171 美琴：そうだよ？

172 陽翔：仕事行くんですか？

173 美琴：うん。

174 陽翔：休めって言ってた張本人じゃないですか。

175 美琴：でも促進ってだけで強制じゃないし。

176 陽翔：ダメです。今日は休み。

177 美琴：いや、でも。

178 陽翔：今から人事にメールしちゃおうかな〜。

179 美琴：それはダメ！

180 陽翔：じゃあ休んでください。

181 美琴：……分かった。

182 陽翔：あ、もちろんパソコン開くのもナシですからね。

183 美琴：えっ、

184 陽翔：はぁ……。どこまで仕事人間なんですか。

185 美琴：そんな呆れた目を向けないで。

186 陽翔：じゃあ、今から昼寝しますよ。

187 美琴：私が三大欲求の中で一番嫌いなものをそんな満面の笑みで提示してこないで？

188 陽翔：でもまたクマ出来てますもん。

189 美琴：うっ……。

190 陽翔：大丈夫ですよ、寝かしつけてあげますから。

191 美琴：それでほんとに寝かしつけられちゃうから怖いんだよ。

192 陽翔：年の離れた妹がいるんで寝かしつけは得意分野です。先に布団入って待ってて下さい。

193 美琴：はーい。……はぁ。

（間）

194 陽翔：お、ちゃんと入ってる。偉いじゃないですか。

195 美琴：ハルト様の仰せのままにー。

196 陽翔：思ってもいない事は言わなくていいです。

197 美琴：ん、なんかいい匂いがする！

198 陽翔：知り合いに調香師がいるんです。ミコトさんの事話したら、寝る時にってアロマをくれて。ちょっと試してみようかと。

199 美琴：なんか落ち着く匂いだね……。

200 陽翔：効果ありそうですね。良かった。

201 美琴：ふふ……ありがと、ハルト。

202 陽翔：はいはい、そういう顔を向けないでくださいねー。目瞑ってください。

203 美琴：……。

204 陽翔：見つめたりして、どうしたんですか？

205 美琴：んー？やっぱり似てるなーって。

206 陽翔：だから、誰にですか。

207 美琴：あの人。

208 陽翔：……。

209 美琴：どうしたの、豆鉄砲くらったみたいな顔して。

210 陽翔：さっきは教えてくれなかったのに、今は教えてくれるんだなという驚きと、似ている相手がその、

211 美琴：死んだ恋人だって事？

212 陽翔：うん。

213 美琴：ふふ。だって何となく気まずいじゃん？死んでから寝れなくなるくらい未練タラタラな相手と自分の部下が似てるなんて。

214 陽翔：うーん……まぁ。

215 美琴：いい歳した大人がさ、何やってんだって感じだよね。

216 陽翔：ミコトさん。

217 美琴：まだ若い男の子捕まえてほんと何してんだろ。ごめんね。こんなおばさんに付き合わせて。

218 陽翔：ミコトさんストップ。……そのごめんは受け取らないよ。いらない。……あと、ミコトさんはおばさんじゃなくてお姉さん。ミコトさんがおばさんだと、専務はおばあちゃんになっちゃう。

219 美琴：……タナカはさ、何でそんなに優しくしてくれるの？

220 陽翔：どうしたんです急に。

221 美琴：こんなよく分かんない状況に付き合う必要ないんだよ。断ってもいいのに、どうして？

222 陽翔：まぁ俺に彼女とかがいるなら最初から断りますけど別にいないですし……それに、俺がここに居たいから今ここにいるんで。

223 美琴：……そっか。

224 陽翔：俺、ミコトさんが化粧してる姿見るの好きなんですよね。

225 美琴：何急に、恥ずかしい。

226 陽翔：綺麗ですよ、口紅をしてる時のミコトさん。

227 美琴：……そう。

228 陽翔：同じ家にいないと化粧してる姿なんて見れないですから。

229 美琴：それは……そうね。

230 陽翔：だからミコトさんは気にしなくて大丈夫です。辞めたくなったらそっと出ていきますから。

231 美琴：それはちゃんと事前に教えてよ。

232 陽翔：出ていく予定当分ないので大丈夫ですよ。……ほら、お喋りおしまい。目瞑って下さい。

233 美琴：分かったわよ。おやすみ、ハルト。

◇

【深夜】

＜美琴がリビングに＞

234 陽翔：あれ、どうしたんですか。

235 美琴：……目が覚めちゃって。

236 陽翔：何かあったかいものでも飲みます？

237 美琴：うん。

238 陽翔：ココアでもどうですか？

239 美琴：いいね……ココアなんて最後に飲んだのいつぶりだろう。

240 陽翔：そんなに珍しいものですか？

241 美琴：あんまり甘いの飲まなかったから。

242 陽翔：あれ、ミコトさん甘いの苦手でしたっけ？

243 美琴：ううん。私じゃなくて、彼が。

244 陽翔：あぁ……なるほど。ミコトさんは？甘いもの好き？

245 美琴：ふふ……すき。

246 陽翔：じゃあ作りますね。マシュマロ乗せます？

247 美琴：マシュマロ？

248 陽翔：知りません？マシュマロ乗せたココア。

＜陽翔が携帯で写真を見せる＞

249 美琴：……あぁ〜。見た事ある。やった事ないけど。

250 陽翔：すごい簡単に出来るんですよ。ちょっと待っててください。

（間）

251 美琴：なんかこういうの、憧れだったな。

252 陽翔：ん？何が？

253 美琴：こういう、海外の映画に出て来そうな飲み物を家で飲むの。

254 陽翔：……へぇ。

255 美琴：首傾げないでよ。

256 陽翔：俺は飲みたいと思ったら自分で作るんで。

257 美琴：ほんと器用だよね。

258 陽翔：仕事の出来る上司にそう言っていただけて光栄です。……はい、出来ましたよ。

259 美琴：そんな言い方しなくてもいいじゃない。……ありがと。

＜美琴：ココアを飲む＞

260 美琴：ん！美味し〜！！

261 陽翔：お口にあったようで何よりです。

262 美琴：……ふふ。

263 陽翔：どうかしました？

264 美琴：いや、この時期をさ、誰かと過ごすのって初めてだったから。なんか、その、安心するなって。

265 陽翔：……そうですか。

266 美琴：毎年この時期は仕事無理やり詰めたり、部屋に引きこもったりしてたから。誰かが傍にいるっていいね。

267 陽翔：……。

268 美琴：ハルト？

269 陽翔：……他の誰かじゃなくて良かったです。

270 美琴：どういう事？

271 陽翔：それ俺に説明させるんですか？ひっでー！

272 美琴：あはは、ごめんごめん。……ごめんね。

273 陽翔：別にいいです。

274 美琴：あーあ！元気出た！……これじゃどっちが年上か分からないね。

275 陽翔：いいじゃないですか。ミコトさんは人に甘える事を覚えた方がいいです。

276 美琴：弟と同じ事言うのね。

277 陽翔：ミコトさんの弟？

278 美琴：そう。私の3つ下なんだけどね。あいつが死んで少し経った頃に言われたの。『姉ちゃんは人に甘える事を覚えた方いい。いつか自力で立てなくなる日が来るぞ』ってね。

279 陽翔：うんうん。

280 美琴：そんなに勢いよく頷かなくてもいいじゃない。

281 陽翔：実際俺もそう思ってますし。

282 美琴：タナカまでそういうこと言うのね。

283 陽翔：俺、弟さんと仲良くなれる気がします。

284 美琴：あんた達、良い友達になれるかもね。

285 陽翔：じゃあ今度紹介して下さいね。

286 美琴：機会があったらね。

287 陽翔：……寝れそうですか？

288 美琴：……うん。寝るチャレンジしてみようかなー！……一緒に寝てくれる？

289 陽翔：あはは、本当に、ミコトさんは俺がいないとダメですね。

◇

290 美琴Ｍ：朝目が覚めて最初に目に入るのは、貴方があけた穴を埋めようと必死になってくれる会社の部下。彼の体温で暖まったベッドの中でそっと彼の頬を撫でる。……貴方の頬の熱さはどんなだったかな。

（間）

291 陽翔Ｍ：朝目が覚めて最初に目に入るのは、貴女の色に染った赤い空。いつも通り大きな鏡の前には化粧をしている会社の上司。……少し目を伏せて口紅を塗る貴女の横顔は、今日も美しい。

292 美琴：ふふ……おはよう。

293 陽翔：おはようございます。……今何時ですか。

294 美琴：5時。まだ寝れるよ。

295 陽翔：……相変わらず朝早いですね。

296 美琴：仕事が山積みだから。早く行きたいの。

297 陽翔：そっか。……今日はちゃんと寝れた？

298 美琴：うん。

299 陽翔：あの夢、見なかった？

300 美琴：うん。

301 陽翔：ほんとに？

302 美琴：うん、見てない。

303 陽翔：寝付き悪かったですか？

304 美琴：ふふ……なんでもお見通しなのね。

305 陽翔：まぁ毎朝見てればある程度は。……あれ、てか今日土曜ですよね、仕事行くんですか？

306 美琴：行く。

307 陽翔：急ぎですか？

308 美琴：別に急ぎじゃないけど……。

309 陽翔：じゃあほら、こっち来て。

310 美琴：……何？

311 陽翔：もう少し寝ますよ。

312 美琴：もう朝だよ。

313 陽翔：まだ寝れるって言ったのそっちでしょう。それに、どうせろくに寝てないだろうし。

314 美琴：そんなことない。（※被せ）

315 陽翔：（※被せ）そんなことある。……隈すごいですよ。

316 美琴：……っ。

317 陽翔：化粧もそのままでいいですから。もう少しだけ。

318 美琴：でも。

319 陽翔：……ミコトさん。

320 美琴：……タナカのくせに。

321 陽翔Ｍ：そう悪態をつきながらも素直に腕の中に潜り込む彼女。子供をあやす様に少し背中を叩いているとあっという間にスヤスヤと寝息が聞こえてくる。

322 陽翔：……俺にしておけばいいのに。

323 陽翔Ｍ：この小さな独り言は、彼女の寝息と共に、今日も夢の中に溶けた。

（終）