【男1:女1】春待つ彼に幸福を
男1:女1/時間目安45分
【題名】
春待つ彼に幸福を
【登場人物】
四葉葵(よつばあおい):重度の花症候群に侵された少女
三花一華(みはないちか):盲目の青年
(以下をコピーしてお使い下さい)
『春待つ彼に幸福を』作者:なる
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四葉葵(女):
三花一華(男):
-------- ✽ --------
001 一華:お隣、失礼してもいいですか?
002 葵:あっ、どうぞ。
003 一華:……あの、今日の天気、教えて貰ってもいいですか?
004 葵:へ?
005 一華:あっ、意味がわからないですよね。すみません。
006 葵:いや……お気になさらず。……今日は雲一つない青空ですよ。
007 一華:そうなんですね。……そっか。
008 葵:どうかしましたか?
009 一華:大した事じゃないんです。……ただ、雲一つない青空を最後に見たのはいつだったかなって。ただそれだけです。
010 葵:……っ……。
011 一華:あぁ、すみません!こんな湿っぽくするつもりは無かったんですが、その、ほら、ご覧の通り、俺目が見えないから、雲一つない青空って聞いても自分の記憶を辿るしかなくて、その……。
012 葵:……貴方の記憶にある雲一つない青空は、どんな日だったんですか?
013 一華:え?
014 葵:あぁ、少し気になって。嫌なら大丈夫です。すみません。
015 一華:……その日は凄くついてない日だったんです。電車は目の前で行っちゃうし、目的地に着いてから忘れ物に気づくし、出先で水筒の中身零しちゃうし。
016 葵:それはついてないですね。
017 一華:はい。でもそんなついてない日に、ふと空を見たらキレイな青空が広がっていて。……あれは綺麗だったなぁ。
018 葵:きっとそんな綺麗な空が今日も広がっていると思いますよ。
019 一華:そうですか。……んー!風が気持ちいいですね。
020 葵:もうすぐ春ですもんね。
021 一華:あぁ……だから花の香りがするんですね。
022 葵:お花の香りなんてしますか?
023 一華:目が見えなくなった代わりに、鼻が良くなったみたいなんです。もしかしたら、まだ俺しか気づいていないかもしれませんね。
024 葵:……。
025 一華:そう考えたら視力を失ったのも悪くないかも知れません。春の訪れを真っ先に気づける……なんかロマンチックじゃないですか?
026 葵:そう、ですね。あはは……。
027 一華:たぶんこの香りは……カモミール。ですかね?たぶんこの辺に咲いていると思うのですが……。
<一華が手探りで花を探す>
028 葵:触らないで!
029 一華:えっ、あっ、俺ぶつかっちゃいましたか?すみません。
030 葵:あ、いや、大丈夫です。ごめんなさい、大きな声出したりして。
031 一華:いえ、こちらこそすみませんでした。
<沈黙(間)>
032 葵:カモミール、こんな所には咲いていませんよ。ここは病院の屋上ですし、木の板が貼ってありますから。
033 一華:そう、ですよね。
034 葵:知ってますか?カモミールの花言葉。
035 一華:いえ、そういうのには疎くて。
036 葵:そうですか。面白いですよ、花言葉。花によって違うし、色によって変わったりもします。
037 一華:そうなんですね。……あの、カモミールの花言葉は?
038 葵:カモミールの花言葉は『逆境に耐える』。
039 一華:なんだか俺達のことを指しているみたいですね。
040 葵:と、言いますと?
041 一華:もしお姉さんがここの患者さんだったら、の話ですが、俺と同じように色々あってここにいるのかな、と思いまして。入院してるくらいですから。
042 葵:あぁ、なるほど。
043 一華:あっ、色々と違ったら、すいません。
044 葵:いや、あってますよ。服装的にお兄さんも……ですよね?
045 一華:はい。
046 葵:じゃあ同じですね。
047 一華:早く退院出来るといいですね、お互い。
048 葵:そうですね。……じゃあ私はそろそろこの辺で。
049 一華:もう行っちゃうんですか?
050 葵:この後検査が入っている事を忘れていて。
051 一華:それは戻らないと看護師さんが探しに来ちゃいますね。
052 葵:はい、じゃあ、失礼します。
053 一華:あの!最後にひとつだけ……お名前、聞いてもいいですか?
054 葵:名前ですか?いいですけどなんで……?
055 一華:何となく……お姉さんにはまた会える気がして。
056 葵:なるほど。……ヨツバと言います。お兄さんは?
057 一華:イチカです。……またお会いしましょうね。
058 葵:はい。それじゃ。
<葵が去る>
059 一華:ヨツバさんか……可愛らしい人だったなぁ。女性でヨツバって名前珍しいよな……。カモミールの香りがするお姉さん。どんな顔だろ……(空に向かって言う)あーあ、目が見えたらよかった!……なんて、もう遅いか。さてと、戻るとするか。
◇
060 葵:おはようございます。……はい、体調も特に変わりないです。体温の記入も終わっています。……あぁ……いや、特には。……大丈夫です。ありがとうございました。……はぁ……。
061 一華:マキさんおはようございます。……はい、問題ナシです。……今日の体温は、あれさっきのメモどこだっけ……(少し咳込む)……え?あー、大丈夫ですよ。最近風が強いですから、そのせいかと!……本当に大丈夫です。あと、これたぶん体温のメモです。
062 葵:もしもし?お母さんどうしたの急に。……うん、大丈夫。……ホントだって、大丈夫だよ。先生も看護師さんもよくしてくれてる。……うん。だから大丈夫だって。も〜泣かないでよ。私は大丈夫だから。うん。……心配しなくてもちゃんと治して帰るよ。うん。……え、最近?最近はなんだっけ、イベリス?って先生が言ってた気がする。……へー、お母さん知ってるの?……ふーん。綺麗な花ならいいや。……見たかったって言われても、全部研究って言って持っていかれちゃうんだから仕方ないでしょ?……わかったわかった。今度写真撮らせてもらえるか聞いてみるよ。……あー、面会ね……それも先生に確認してみる。うん。また連絡する。……うん、じゃあまた。
063 一華:マキさん、本当に辞めちゃうんですか?来年のお花見、連れて行ってもらおうと思ってたんですけど。……え?!いいんですか?!……あっ、退院してから……そっかぁ、そりゃあそうですね。……いえ、何でもないです。……はい、たぶん、もうすぐだと思います。退院の話は俺よりマキさんの方が知ってるでしょう?……はい、リハビリの進捗が良くないのと、もう1つ気になる事があるって先生が。……でも俺は大丈夫です!治療頑張るぞー!ちゃんと治して、マキさんにお花見連れて行ってもらう約束、守ってもらいますからね。
064 葵:あ、すいません。気づかなくて……はい、大丈夫です。……体調も特には。体温の記入も終わっています。……あの、最近これが気になってて。髪とか洗ってる時に引っかかって痛くて……最近、ですかね。薬を変えてから増えてきたような気がします。……他は大丈夫です。はい、分かりました。ありがとうございます。
065 一華:(咳込む)……あ、先生。はい、大丈夫です。最近咳が止まらなくて。咳した後、少し喉がザラつくというか違和感が残って気持ち悪いんですよね。……分かりました。何かあればちゃんと言います。……大丈夫ですよ、病院にいながら我慢するようなお子ちゃまじゃありませんから。……はい。……あれ、何かついてます?……ありがとうございます。何でした?……花びらですか?どこから来たんでしょう?
◇
066 葵:うわ、外暑っ……あっ。
<葵が一華の元に近寄る>
067 葵:こんにちは。また会いましたね。
068 一華:この声は……ヨツバさんですか?
069 葵:正解。なんで分かったんですか?
070 一華:声を聞けば分かりますよ。あと匂いで。
071 葵:匂い?私そんなに特徴的な匂いしてます?
072 一華:お花の香りが。ヨツバさんが近くにいると色んなお花の香りがしてくるからすぐ分かりますよ。
073 葵:それはそれでなんか恥ずかしいな。
074 一華:そうですか?俺としては、そのくらい分かりやすい方が有難いです。
075 葵:イチカさんに分かって貰えるならいいや。匂いってみんな違うものなんですか?
076 一華:俺は匂いや音でしか人を判別できないから。なんとなく自分の中で区別は付けてますよ。説明は難しいけど。
077 葵:それもそうですよね。なんかすいません。
078 一華:謝らないでください。こういうものは、当事者しか分からないでしょうから。
079 葵:はい。
080 一華:そういえば、ヨツバさん、歳が近いと聞いたのですが……。
081 葵:誰から?
082 一華:看護師さんが、歳近い人って言うとヨツバさんかなーって。
083 葵:どっちが上?
084 一華:どっちだと思う?
085 葵:雰囲気ならイチカさんが上な感じがするけど……意外と下とか?
086 一華:はい、ぶっぶー!俺がすこーし上。
087 葵:じゃあイチカ先輩って呼ばなきゃ。
088 一華:えぇ、なんかやだ。イチカって呼び捨てにしてよ。
089 葵:じゃあ私のことも呼び捨てで。これでお互い様。
090 一華:……ヨツバ。
091 葵:なに?イチカ。
092 一華:な、なんか照れるね?!
093 葵:あはは、名前呼んだだけなのに!可愛い。
094 一華:仕方ないだろ……名前呼びとかあまり慣れてないんだから。
095 葵:じゃあこれから慣れていこうね、イチカ。
096 一華:何だよ、急に強気になって。
097 葵:あはは、ごめんって。
098 一華:(軽く咳き込む)
099 葵:大丈夫?
100 一華:うん、大丈夫。最近少し咳が出るんだ。……そんなに心配しなくて大丈夫だよ?
101 葵:大丈夫、ならいいんだ。
102 一華:そういえばさ、俺達話してなかったよね。何でここに入院してるのか。
103 葵:そ、の話は……その……。
104 一華:重度のフラワーシンドローム。
105 葵:え……私のこと誰かから聞いたの……?
106 一華:それも看護師さんから。でも、ヨツバの口からちゃんと聞きたいな。
107 葵:……うん。私は、その……重度のフラワーシンドロームで入院してる。
108 一華:うん。それで?
109 葵:高校の時、高熱が出た事があって。病院に行っても原因が分からなくて、1週間寝込んで、やっとまた学校に行ったの。そうしたら足元に草が生えるようになって。怖くなってまた病院に行ったら『フラワーシンドロームです』って。……でもこんな症状聞いた事無かったから私怖くて……。
110 一華:ちょっと落ち着いて?
111 葵:薬を飲んでたら治ったから、普通に生活してたんだ。そうしたらまた……また草が……。
<葵の腕を一華が触る>
112 葵:……イ、チカ?
113 一華:やっと捕まえた。
114 葵:えっ、と。
115 一華:こんな近くに座ってたんだね。何処にいるのか探しちゃったよ。……とりあえず深呼吸。
116 葵:(深呼吸)……ありがとう。その、ごめん。
117 一華:ありがとうだけ受け取っておくね。……ねぇ、変なお願いをしてもいい?
118 葵:う、うん?
119 一華:手、繋いでくれない?
120 葵:へ?
121 一華:何そのマヌケな反応!
122 葵:い、いや、そんなこと急に言われたら……。
123 一華:目が見えないとさ、手を繋いだ時の手の温もりもすごく愛おしく感じるんだ。……目からの情報の大きさをとても感じるよ。
<一華の手がツルに引っ掛かる>
124 葵:……痛っ。
125 一華:あ、ごめん。……これは……?
126 葵:植物の……ツル。身体の至る所に出てきたし、最近は顔の方にも広がってて。少しでも引っ張られると痛いんだ、これ。
127 一華:(呟く)目が見えたら良かったのに。……そういえば、ヨーロッパではフラワーシンドロームの患者さんの事を『花の妖精に愛された人』と呼ぶんだって。何かロマンチックじゃない?
128 葵:そうかな?
129 一華:俺はそう思うよ。まぁ何でも考え方次第ってことだね。
130 葵:……ありがとう、なんか……少し楽になった気がする。
131 一華:どういたしまして。
132 葵:……それでイチカはどうしてここに?
133 一華:事故にあった。どんな事故かは覚えてないんだけど、起きたら……その、何も見えなかった。
134 葵:……。
135 一華:目を開けてるはずなのに視界は真っ暗で。医者から「貴方の目はもう見えません」って言われた時は絶望した。
136 葵:そりゃあ、そう、だよ。
137 一華:見たいものは沢山あっても、それをどう頑張っても見ることが出来ないっていうのはなかなかしんどいね。
138 葵:他に怪我とかは?
139 一華:頭に少し。それ以外は打棒程度で済んだみたい。不幸中の幸い、ってやつ。
140 葵:そうだね。もう痛みとかはない?
141 一華:もう大丈夫。
142 葵:そっか……よかった。
143 一華:まさか目が見えなくなるとはね……骨折とかの方がよっぽど良かったのに。
144 葵:……そんな事言わないでよ。
145 一華:一生目が見えないよりマシだよ。
146 葵:あっ……ごめん。その、言葉を間違えた。
147 一華:こちらこそごめんね、暗い気持ちにさせて。……と、まぁそういう事で俺は病院にいるんだ。早く退院したいなぁ。
148 葵:私も。……イチカ、あのさ。
149 一華:ん?何?
150 葵:今度夏祭りあるじゃん。
151 一華:病院の中でやるやつだっけ?
152 葵:そう。看護師さんから言われなかった?
153 一華:言われた気がするような、しないような。行くつもり無いから忘れてたけど。……それで夏祭りがどうかしたの?
154 葵:その、一緒に行かない?
155 一華:夏祭りかぁ……ヨツバさんは行くの?
156 葵:イチカが行くなら。あと呼び捨て!
157 一華:あ、ごめん。……うーん、俺は……。
158 葵:イチカが決めて。行くか、行かないか。
159 一華:……行けない、かな。迷惑掛けちゃうから。
160 葵:そういう理由なら却下。
161 一華:え?
162 葵:イチカの目が見えない事、私は分かってて誘ってる。この言葉が合ってるか分からないけど、ちゃんとエスコートするよ。たぶん車椅子使うことになるとは思うけど。
163 一華:エスコートは俺がしたかったな。
164 葵:私がするの。……イチカは私と夏祭り行きたい?行きたくない?
165 一華:その聴き方はずるいよ……行きたい。
166 葵:じゃあ決まり。看護師さんには当日手伝って貰えるように伝えておくから。それでいい?
167 一華:うん。ありがとう。(咳き込む)
168 葵:大丈夫?
169 一華:大丈夫。
170 葵:そろそろ戻ろうか。
171 一華:うん。
172 葵:手貸そうか?
173 一華:お願い。
<葵がエスコートしながら院内へ>
174 葵:はい、手はここね。……足元段差あるから気をつけてね。イチカ、病室は何階?
175 一華:この階だよ。ナースステーションを右に曲がって真っ直ぐ行ったところの一番奥の部屋。
176 葵:そっか。私がそこまで行くのもな……。
177 一華:ヨツバ?
178 葵:ふふ、なんでもないよ。……あ、看護師さん。すいません、彼を病室まで連れて行ってもらってもいいですか?今部屋に戻るところなので。
<葵が一華から手を離す>
179 一華:え……?ちょっと、ヨツバ?
180 葵:じゃあねイチカ。……また夏祭りで。
181 一華:ちょっと、ヨツバ!……あっ、すみません。ぶつかりましたよね?……はい。502号室です。……お願いします。すいません、お手数をお掛けして。
◇
182 葵M:夏祭り当日。院内は祭りの準備でどこかソワソワした雰囲気が漂っていた。看護師達も行ったり来たりと普段とは比べ物にならないくらい忙しそうだった。……夏祭りのスタートは15時。それに合わせて私はイチカの病室を訪ねた。彼の病室に来るのは初めてだったから、何故かノックをするのに少し緊張した。数分考えてようやく、コンコンとノックをした。……でも。いつまで経っても返事はなかった。心配になって戸を開けると……ベッドは無く、そこには無数のピンク色の花びらが散らばっていた。
183 一華M:目が覚めると夜だった。深い眠りについていた様な気だるさが残ったまま、医者の話を聞いた。……何を言っているのかあまり理解できないまま時間が過ぎる。少し咳込むと自分の口から何かが出てくるのが分かった。それが何かを確認できない事に恐怖を覚えた。自分の体に何が起きているのかも分からない。こんな時目が見えていれば、何か変わったのかもしれないと、失明してから初めて自分の運命を恨んだ。
184 葵M:あれから2週間が経った。結局イチカがどうなったのかは未だに分からない。看護師に聞いても『病室が移動になった』という事しか教えてもらえなかった。……ある日、なんの偶然か看護師達の会話から気になる言葉が聞こえた。……また新たにフラワーシンドロームの患者が現れたこと。その患者は男性。そして……すでにステージ3まで進行していること。……イチカではない事を祈って、私はその患者の元へ向かった。
185 一華M:なんの嫌がらせか、日に日に花が増えていく。医者の話によると、この病気はステージ3……花が黒いうちに治らなければ助かる見込みはないそうだ。俺は毎日看護師に聞いた。『今日の花は何色か』と。人よりも耳がいい事を悔やんだ。どう答えたらいいか分からず言い淀んだ事が全部伝わってくる。それを聞く度に、自分が長くない事を思い知らされる。
◇
<葵が一華の病室の扉をノックする>
186 葵:あの……。
187 一華:どうぞ。
188 葵:お邪魔します。
<葵が病室の中へ(中には看護師さんと一華が)>
189 一華:ありがとうございました。……あ、そこの上着取ってもらってもいいですか?少し肌寒くて。……ありがとうございます。はい、大丈夫です。……え?
190 葵:はい、何かあったらすぐ呼びます。ありがとうございます。
191 一華:えっと……。
192 葵:久しぶり、だね。
193 一華:まず、どういうことか説明してもらっても?
194 葵:えっと、何を?
195 一華:名前、ヨツバじゃないんだね。
196 葵:いや、ヨツバだけど……。
197 一華:今、看護師さん『アオイちゃん』って呼んでたよね。
198 葵:あぁ、私の名前、ヨツバ アオイだから。
199 一華:じゃあヨツバじゃなくてアオイだったんだね。……てっきりヨツバが名前なんだと思ってた。
200 葵:何も疑わなかったの?
201 一華:女の子の名前としては、ヨツバは珍しいなとは思ってたけど。
202 葵:そんな怒らないでよ……イチカの名字はなんて言うの?
203 一華:ミハナ。
204 葵:へぇ、お洒落。ミハナ イチカ……ね。
205 一華:あ、りがと。……はぁ、全くもう!怒ってるのバカバカしくなってきた。
206 葵:なんかごめん……。
207 一華:もういいから。……あのさ。
208 葵:う、うん?
209 一華:夏祭り、ごめん。約束守れなくて。
210 葵:ううん、仕方ないよ。……あの!こっちこそ(※被せ)
211 一華:(※被せ)アオイのせいじゃない。
212 葵:え?
213 一華:俺がこうなったのはアオイのせいじゃない。だから謝らないで。
214 葵:でも。
215 一華:でもじゃない。……アオイが夜病室から出ないのは薬の効果が切れる時間だから、でしょ?マキさんが教えてくれたし、俺もできる範囲で調べたよ。
216 葵:……うん。イチカの言う通りだよ。前に、私の足元に花が咲くって話したよね。……その花に触れた人はみんな花を吐くようになるの。クラスメイトを病院送りにしたこともある。だから人目に触れずに生きていこうと思ってたんだ。
217 一華:うん。
218 葵:病気が再発して、またここに来た時は死のうとも思った。それで……。
219 一華:それであのバルコニーにいた。それが俺と出会った日。違う?
220 葵:正解。凄いね、イチカは。
221 一華:こういう推理は得意なんだ。
222 葵:……あの時、イチカにすごく救われたの。なのに……。
223 一華:アオイ。また手を繋いでくれない?
224 葵:うん。
225 一華:こうやってアオイから伝わってくる温度は凄く心地がいいんだ。
226 葵:そうなの?
227 一華:そう。この心地良さだったり、アオイの優しさが、俺にとっては容姿と同じ意味。アオイは凄く綺麗だ。
228 葵:照れるな……そうだなー、イチカは、すごくカッコイイ。見た目も、中身も。
229 一華:見えるのが羨ましいよ。
230 葵:イチカが想像する私と何ら変わりないと思うよ。
231 一華:前にも同じようなセリフ聞いた気がする。
232 葵:私も言った気がする。
233 一華:そういえば、あの時アオイに教えてもらってから花言葉にハマってね。色々調べたんだ。
234 葵:へぇ、例えば?
235 一華:俺の名前、漢字に直すと、花一華(はないちげ)ってあるでしょ?
236 葵:うん、たしかに。
237 一華:これ、アネモネの事を指すんだって。アネモネは春を待って咲きはじめる花。
238 葵:そして復活を意味する花でもある。……アネモネは春を代表する花だね。
239 一華:あのさ、ヨツバって、あのクローバーの四葉と同じ?
240 葵:そうだよ。……幸福と真逆のものをもたらすけど。
241 一華:そう?俺はアオイと話すのすごく楽しいし、幸福貰ってるよ。……だから、アオイは名前の通り、幸福のシンボル。
242 葵:そう言ってくれるのはイチカだけだよ。
243 一華:そんなことないよ。……それにしても、本当に花が好きなんだね。
244 葵:嫌い……だけど好きだよ。
245 一華:ねぇアオイ。変なお願いをしてもいい?
246 葵:そのセリフも前にも聞いた。
247 一華:ふふ……退院したら、俺と花畑でデートしない?
248 葵:何でまたそんなところに?
249 一華:アオイに案内して欲しい。
250 葵:ちゃんと楽しめるの?
251 一華:花の香りの違いは分かるから!それと、分からないところはアオイが説明して。
252 葵:ぜ、善処する。
253 一華:さーて、治療頑張らなきゃな!
254 葵:実は私もさ、一つ伝えたい事があるの。
255 一華:ん?なに?
256 葵:海外で重度の患者用の薬が開発されたらしくて、その薬を使ってみないかって話が来てるんだ。
257 一華:治るかもしれないって事?
258 葵:もちろんリスクはあるけど、可能性はゼロじゃないって。
259 一華:え、凄いじゃん!良かったね。
260 葵:リスクの事もあってまだ迷ってるけど、とりあえずイチカには伝えておきたくて。
261 一華:うん、ちゃんと考えてから結論出すんだよ。どっちだったとしても、俺は応援してるから。
262 葵:ありがとう。
263 一華:あ、そうだ。連絡先、交換しない?お互いの状況報告とかもできるじゃん。
264 葵:そういえばしてなかったね。いいよ。
265 一華:これでいつでも連絡できるね。
266 葵:そうだね。なるべくボイスメッセージで返すようにするね。
267 一華:わー助かる!本当に優しいね、アオイは。
268 葵:そんな事ないよ、人は選ぶ。
269 一華:あはは、何それ。……俺との約束、忘れないでね。
◇
270 葵M:こういう約束は大抵叶わない。もしかしたら、私もイチカも、約束が果たされないことを分かっていたのかもしれない。……花畑に行く約束をした3ヶ月後、イチカはこの世を去った。彼の担当の看護師から伝えられた時は目の前が真っ暗になった。3ヶ月の間、ほとんど毎日送り合ったボイスメッセージを聴きながら泣いた。彼の声も温もりも笑顔も、もう帰っては来ないのだと実感する。
271 葵M:あっという間に1ヶ月が経った。変わらない毎日を過ごしていると、一通のメッセージが届いた。届くはずのない彼からのメッセージだった。
272 一華:『これを読んでいるということは、俺はもうこの世にいないんだろうな。……なんてベタ過ぎかな?このメッセージは母に送るようにお願いしました。ビックリさせてごめんね。……いやぁ、ちゃんとお別れできるか分からなかったからこの文を書いたんだけど、何書いたらいいか分かんないや……まだ話したい事沢山あったはずなんだけどなぁ。……じゃあここでひとつ、俺の愚痴を聞いてください。花を吐くと、口がすごくフローラルになるんだ。柔軟剤食べたみたいな後味なんだよ。流石に柔軟剤は食べた事ないけどね。でも本当に口が花の香りになってイヤなんだ、という愚痴でした!』
273 葵:……なによ、それ。
274 一華:『ねぇアオイ、俺と、またひとつ約束をしませんか?俺の墓まで花を持ってきて欲しい。本当は俺からお願いするのは可笑しいんだけど、こうでもしないとアオイ、来てくれなそうだから。』
275 葵:お墓参りくらいするよ、バカ。
276 一華:『実はあの日、俺も死ぬつもりであのバルコニーにいた。事故にあって、心荒んでたんだ、本当は。でもアオイと過ごした時間がとても楽しくて、まだ生きよう、もう少し生きよう、って死ぬのを延期してた。だからアオイには本当に感謝してる。光の差さない俺にとって、アオイは唯一の光だった。夏祭り、誘ってくれたのもとても嬉しかった。……沢山、たくさん、守れない約束をしてごめん。沢山光をくれてありがとう。またね、アオイ。』
277 葵:……またね、イチカ。
278 葵M:イチカからのメッセージの後、彼のお母さんから感謝を伝えるメッセージが届いた。なんて返事をするか困って、彼のように一つ変な質問をした。……イチカはサザンカの花を吐こうとして喉に詰まらせたらしい。彼からのメッセージとも思える大きなサザンカの花は、とても美しかったそう。
279 葵:君の花を持ってまた会いに行くね、イチカ。
(終)
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